Ⅰ.病院管理とは

 病院管理とは 

 例えば、米国の「病院管理」についての最大公約数的な解説を以下で紹介します。

 米国における病院管理者(Hospital Administrators)は、医療施設内のすべての部門を調整して、それらが全体として機能することをcoordinateします。診療および医療サービスの成果を管理、計画、整理、調整、監督するためには、専門知識が不可欠となります。病院管理者の役割は、所属する施設によって相違がありますが、ほとんどの場合、つぎのような職務を行います。

  • 運営管理委員会、医療スタッフ、部門長間で連絡・調整
  • 看護師、医師、および各管理部門の次長の採用、ヒヤリング、評価
  • 病院理事会が定めるサービスの組織化、指揮、コントロール、調整
  • 患者サービス、品質保証、広報活動、部門活動に関するプログラムとポリシーの作成と実施の監督
  • 科学的研究・予防医学のためのプログラムとサービスの開発と拡大(研究教育病院)

 病院管理者は、医療や病院業界に影響を与える法律や法令、医療や技術の進歩に関する最新情報を常に把握する必要があり、ビジネスリーダーとして、病院管理者は以下を管理することが求められます。

  • 長期計画
  • 運営目標と予算管理
  • 医療サービスの効率的な提供
  • 財務諸表
  • 病院の方針変更

 スタッフの指導や、地域社会との交流、運営委員会とのコラボレーションを行う際には、彼らの強力な対人スキルが必要です。病院管理の一部のエントリーレベルの仕事は学士号の修了を必要としますが、病院管理のほとんどの仕事の標準的な要件は、医療管理学の修士号です。病院管理者になることに興味がある個人のための修士号のオプションには、次のものがあります。

・Master of Health Administration (MHA)

・Master of Business Administration (MBA) in Health Administration

・Master of Science in Health Administration (MSHA)

・Master of Public Health (MPH) in Health Administration

 これらの大学院は、医療業界におけるリーダーシップ、交渉(Negotiation)、管理、における能力ベースの教育プログラムとなっています。医療管理の修士号を取得した修了生は、リーダーシップ、経営、交渉の現代理論を採用することで、病院システムにマーケティング、人事、財務、業務の取り組みを統合し、現実世界の課題を解決することが求められます。これらのプログラムの修了生は、最も複雑な病院システムでも管理可能なソリューションを作成する能力を身に付けています。

 いかがですか?以上は米国に数多くある医療管理修士号を授与する複数の大学院の入学案 内を再構成してみたものです。日本の大学・大学院教育や医療管理の高度専門職の養成課程とは当然大きな差がありますが、これがグローバル・スタンダードだと多くの国で支持されています。

MBA等の現状

 なお、蛇足かもしれませんが米国の大学のシステムは、多くの場合一般教養を中心に教育を進め医師や法律家などのプロフェッショナルは、大学卒業後の選抜により大学院教育で養成されます。MBAとは、19世紀末の米国での産業化を受けて各企業で経営を科学的に捉えるようになり、新しい経営手法のアプローチが注目されるようになったことを受け、ビジネススクールと呼ばれる経営専門職大学院の必要性が認識されたことに由来します。初のMBAコースとしては、1908年のハーバード・ビジネススクールで15人の講師、80人の学生でスタートしたのがその起源です。米国内のMBAの2年間の代表的教育プログラムを列記するとつぎの通りです。

・マーケティング
・アカウンティング
・経営戦略
・起業学
・ファイナンス
・経済学
・イノベーション
・ビジネス法
・人事戦略
・企業組織論
・統計学
・国際ビジネス学
・クリエイティブ・シンキング
・ビジネスプラン
・リーダーシップ  など

 MBAは、これらの科目それぞれに論文、試験、プレゼンテーションなどの課題が課され、学生はそれらのパフォーマンスに対して成績が付けられ、各ビジネススクールが制定したカリキュラムを終わると晴れてMBA取得となります。
 一方、欧米でのMPH公衆衛生大学院は、19世紀終盤から20世紀初頭から開学しており、英国のロンドン大学衛生熱帯医学大学院(1899)、米国のジョンズホプキンス大学公衆衛生大学院(1916)、ハーバード大学公衆衛生大学院(1913)などが広く知られています。このうちジョンズホプキンス大学公衆衛生大学院は世界各国で教官数約500、学生数約2,500の米国最大の公衆衛生大学院です。米国の公衆衛生教育認証機関であるCouncil on Education for Public Health(CEPH, 米国公衆衛生教育協議会)は、2019年10月現在、67校の公衆衛生大学院(SPH)と、プログラム校と呼ばれる大学院127校を主に米国内で認証しています。欧州でも、The Association of Schools of Public Health in the European Region (欧州公衆衛生大学院連盟,ASPHER) があり、2017年の報告では107校の加盟校が参加して公衆衛生教育の標準化を図っている、とのことです。

前に紹介したMaster of Public Health (MPH) in Health Administrationは、米国では半数程度が医師でその他は看護師をはじめとする多彩な大学でのバックグランドを持つ人々が在籍しています。また、MBAコースなどで医療管理を専攻するメンバーは多彩で、医師・看護師・弁護士・公認会計士やあらゆる国籍の留学生が学んでいます。米国に限らず、病院の看護部長や副院長(医師や看護師のほか各種経営管理者)以上の職種は、何らかの医療管理修士号以上の学位が求められるのが、欧米のみならず南米・アジア・アフリカ文化圏でも国際慣行になりつつあります。

 病院管理の前提

 病院管理について、万人が認める定義はありませんが、以下では「病院管理とは、病院の設置理念、ビジョンを明確にし、価値観を共有した組織において、運営戦略・運営計画に基づき、医療組織、経営組織、医療設備機器、病院情報システムを適切にマネジメントし、組織目的を達成するパフォーマンスである」(by koyama1985)と理解して、例えば、「5年先の自院のあり方を必死に考え、そこまでの道筋を計画化し、組織内浸透を図り、進捗管理する」には、どのようにすればよいのかを考えてみます。

 個人的体験で恐縮ですが、40年前「病院経営」という言葉自体が普及せず「病院管理」の方が市民権をえていた時代でした。現在、病院マネジメントは、病院経営と同義語のように使用されていますが、経営学の学説の一部を援用し運営しているので病院経営なのだといわれても、経営体としての組織もないまま巨額の費用を費やし、大量の医療従事者を合目的的に組織し実践させるには「経営」の理屈だけではどうにもなりません。だからといって、医療組織が動ければ問題はないかのように運営できればかまわないということにもなりません。

 「医療は、生命倫理、医療安全、技術革新あるいはICTに対応する複雑系システム」で、その動向は政治的経済的社会的文化的に大きな影響を与えています。病院管理は、病院の設置理念、ビジョンを明確にし、価値観を共有した組織において、経営戦略・計画に基づき、医療組織、経営組織、医療設備機器、情報システムを適切にマネジメントし、組織目的を達成するパフォーマンスであると考えてきました。その運営に当たっては、経営組織、労務、財務、法務の基礎的な知識と技術を必要とするばかりか、適切にマネジメントするには、ヒト・モノ・カネ・情報のマネジメント手法の習得が必要です。それゆえ、病院管理の目標は、医療サービスの公共性、公正性、安全性を最大化することであり、その目的は、提供する医療水準の維持・向上に尽きるのではないかと思います。

 これらを進めるためには、何より①問題の明確化、②課題の整理、③管理可能不可能の区分、④マーケティングと組織適応性などの課題を丁寧に検討して、実践する必要があると考えてきましたが、病院や医療に関しての知識が不十分ですと理解できない恐れがあります。。

そのために、病院管理の前提になる「Ⅱ.医学の歴史と近代的病院の誕生」「Ⅲ.日本の病院と病院管理学の発展」「Ⅳ.病院のヒト・モノ・カネ」について、ごく簡単に概説することから始めたいと思います。