2021年01月03日「病院管理学入門」の作成について

 COVID-19パンデミックは、世界をNew Normalに変え続けています。日本では2020年という年が多分人々の記憶に末永く残ることは確実で、いつしか「あの時が分水嶺を超えた」などと論評されるようになるのでしょう。ヒトの衛生概念や行動様式、学び方や働き方、そして人生観や家族観、あるいは経済や社会の仕組み自体が大きく変わりつつあるのかもしれません。現実問題として、重篤な患者さんを集中的に治療することを目的としているICUの整備数は不足しており、人口当たりでは米国の5分の1、ドイツの3分の1にすぎず、お隣の韓国より少ないという現状が浮き彫りになりました。また、ICUを運営する病院の経営状況も薄氷を踏むかのごとき状況であることが広く国民に知れ渡りました。

 私事ですが、兵庫県立大学専門職大学院経営研究科では20年3月にWeb講義を開始し、一度も休講することなく所定のカリキュラムを進めてきています。過去に衛星放送を利用した研修とか、事前にビデオ撮影した授業を体験したことはありましたが、16コマ全てをWebライブで通年開催するには、若干の情報処理のノウハウや講義進捗のテクニックが重要であることがわかりました。通常の専門職大学院の講義では、教授職は知識を一方的に披瀝するのではなく、討議方式を重視し、教室内ではファシリテーター役に徹する場合があります。その主役は、社会人である大学院生ということになります。Webの問題点として気づいたのは「自由に話し合える雰囲気が欠如して質問や発言の時間が短くなる」傾向があることです。このようなことは「会議」でもあります。第1に参加者がWebに慣れていない。第2に一度もリアルであったことのない集団間では場の空気が伝わらない。第3に通常ビデオ撮影されているので発言が慎重になる。などが検討されましたが、どう考えても提供者側の資料の再検討、パワーポイント画面の再作成、副読本の作成などを進める必要があることは明らかでした。

 体系的知識を効率的に学ぶためには「聴く」より「読む」ほうが情報量が圧倒的に多くなりますが、体験しないとわからないことも確かにあります。そこで、知識として事前に読み、集団で学習を体験し、再度資料などを確認し、自らで再整理するという過程が有効だと考えられます。このような過程で重要なのは教科書と副読本です。ただし、病院のマネジメントに関する基礎的な教科書を既存の知識体系から取捨手指選択して書くことはできますが、変化が急激な医療技術や医療費の償還方法の変容を全て飲み込んだアドホックな記述にならざるをえません。同じことが副読本にもいえます。現実のケースを記述化して検討を加える材料を提供し、討議形式でバーチャルな問題解決を図る教育手法としてのケーススタディやケースメソッドは有効な教育法ですが、病院経営の事例は生鮮食料品なので2ないし3年ぐらいしか賞味期限がありません。どうしたら、病院運営管理上の問題に対応できる人材のための副読本ができるだろうかという疑問を、わたしは15年前から考えるようになりましたが、どうしても書けません。

書けない言い訳はいくらでもできますが、まず、病院経営なのか、それとも病院管理なのかということです。個人的体験ですが、40年前「病院経営」という言葉自体が普及せず「病院管理」の方が市民権をえていた時代でした。現在は、病院マネジメントは、病院経営と同義語のように使用されていますが、経営学の学説の一部を援用し運営しているので病院経営なのだといわれても、経営体としての組織もないまま巨額の費用を費やし、大量の医療従事者を合目的的に組織し実践させるには「経営」の理屈だけではどうにもなりません。だからといって、医療組織が動ければ問題はないかのように運営できればかまわないということにもなりません。深刻に考えても解決方法は見出せませんので、とりあえず病院管理という観点からぼちぼち書いてみようと思い立ったのが、今春ですが、どうもうまく書けず推敲を重ねるうちに時間ばかりが経過してしまいました。何度か、受講生に使用していただきましたが、未完成です。これでは先が見通せないので、いっそうのこと多くの方々に読んでいただきご批判やご意見をいただけないものだろうかと考えましたので、このブログに順次、掲載することにいたしました。

『病院管理学入門』と題しまして、現在6章分と参考資料を作成できています。今後はこれを底本に加筆していきたいと考えています。構成は以下の通りです。

病院管理とは

Ⅱ.医学の歴史と近代的病院の誕生

Ⅲ.日本の病院と病院管理学の発展

Ⅳ.病院のヒト・モノ・カネ

Ⅴ.病院管理の基本Ⅵ.病院のガバナンス

Ⅶ.米国のMB賞(参考資料)

「医療は、生命倫理、医療安全、技術革新あるいはICTに対応する複雑系システム」で、その動向は政治的経済的社会的文化的に大きな影響を与えていると、わたしは考えています。日本の国民医療費は、すでに43兆円を超え、今後とも増加の傾向にあります。経営的観点でみれば、医療提供が国、地方自治体、その他の公的経営主体から、財団法人、学校法人、医療法人、社会福祉法人、宗教法人、株式会社そして個人と多岐にわたり、医療経営をわかりにくくしていますが、その組織体は、多くの場合プロフェッショナル組織であり、そのガバナンスは容易ではありません。このように医療システムの特異性を強調することは可能ですが、それにもかかわらず何らかの方法で適切にマネジメントすることが強く求められているのです。

医療マネジメントは、医療提供組織の設置理念、ビジョンを明確にし、価値観を共有した組織において、経営戦略・計画に基づき、医療組織、経営組織、医療設備機器、情報システムを適切にマネジメントし、組織目的を達成するパフォーマンスであると私は考えてきました。その運営に当たっては、経営組織、労務、財務、法務の基礎的な知識と技術を必要とするばかりか、適切にマネジメントするには、ヒト・モノ・カネ・情報のマネジメント手法の習得が必要です。それゆえ、医療マネジメントの目標は、医療サービスの公共性、公正性、安全性を最大化することであり、その目的は、提供する医療水準の維持・向上です。

講義や討議を通じて重視したことは、①問題の明確化、②課題の整理、③管理可能不可能の区分、④マーケティングと組織適応性などの課題を丁寧に検討して、実践する必要があると考えてきました。

うまく書けませんが、この『病院管理学入門』を書き続けている過程で、このようなことを書いてどなたかの役に立つのかどうか正直わかりません。ただ、各種の病院管理の状況を現地・現実・現在で体験してきた40年という時間の覚え書きのようなものでも、書き残すことに意味があればよいと勝手に考えています。

なお、2021年9月に私は70歳になりますので、それまでには書き終えたいと考えています。なお、病院ばかりでなく、社会福祉施設の管理運営論とか職員教育用に書けという方もいますので、今後ともぼちぼち書いてみたいと思います。

このブログに掲載したものについては、転載していただいてもかまいませんし、組織などでご自由にご活用いただければ幸いです。どこかに社会医療研究所の小山秀夫の引用と書いていただければ、著作権も費用も一切必要もありませんし、事前の承諾要請も必要ありません。

この40年間にお邪魔した病院、老人保健施設、特別養護老人ホームはじめ障碍者施設や介護保険施設などは、多分4,000か所を超えたと思いますが、いつかゆっくり数えてみたいと思います。ご存じのように私は医療職でも福祉職でもない、文科系の研究者の端くれにすぎませんが、私に実学としての管理学を教えていただいたのはこれらの組織の人々 

でした。この意味では、書いてあることは現場で教えていただいたり、体験したり、ご一緒に問題解決を検討したものばかりです。

なお、ご批判やご意見または誤記や誤字脱字等を見つけていただいた方には、大変恐れ入りますが、社会医療研究所にメールでお知らせ頂くと幸いです。冒頭に書きましたようにNew Normalはいわゆる医療や介護を含むヒユーマンサービス部門に大変革をもたらすのではないかと考えられます。特に、世界中のデジタル化は、各種の社会問題を解決するかもしれません。AIはヒトの能力をある部分で超えていますが、最先端医療への導入は加速度的になると考えられています。化石燃料の大量消費による地球温暖化は、何もしないで済むわけではなく持続可能な地球環境をどうするのかという課題に直面しています。細菌に対する抗生物質は人類の福祉に貢献しましたが、他方で人口爆発という現実に直面しています。その抗生物質も乱用されたことによる耐性菌との戦いに明け暮れています。そして20年2月11日にWHOにより命名された今回のSARS-CoV-2に対して治療できる有効な薬はないという現状です。こんな状況中ですが、ご一読いただければ幸いです。