COVID-19への政策決定のすべてが専門家の総合的判断ではないだろう
感染症が世界的に大流行し「新常態(ニューノーマル)」が訪れるのであろうことは理解できる。しかし、人の目にはみえないもので、変異を繰り返し、正体がよくわからない。おまけに感染力が強く、重症化すると死亡することが多い。
即効性がある治療薬どころか、重症化を防ぐ薬があるのかどうかもはっきりわからない。
ワクチンなどといっても、今すぐ手に入らないし、安全性を確認するだけでも時間がかかる。感染予防には、マスク、手洗い、そして社会的距離の確保が有効だということだけは、はっきりしている。このような状況で、どのような選択肢が可能だったのか、あるいは今後の選択肢はどのようなものなのかなどを問うことに関して、世界の科学者や知識人が、いろいろな観点から情報を発信している。まず、昔から行われてきた水際の防疫施策が展開されたが、大量の人が世界を移動する時代には、十分ではなかった。思い切って強権を発動し都市封鎖という方法で、抑え込むのは、かなり有効だが、再発するたびに、封鎖と解除を繰り返さざるをえないのであろう。
では、逃げ回るのはやめて、集団免疫が確立するまで、粘り強く待つという戦略もある。現段階では、どのような選択が正しいのかよくわからないし、いつか何が正しかったのかということを歴史が証明するのかもしれないのだ。
◎専門家の総合的判断?
このように不確実で、情報が錯綜するときには、冷静沈着に行動し、流言飛語に惑わされず、他者への批判や発言に注意することが大切だと思い、三か月間行動してきたつもりだ。しかし、安倍総理大臣が各種宣言について、記者会見するのを見聞きしていると、どうしても理解できないことがある。いろいろな説明で「専門家の皆様に総合的に判断いただいた上で」とおっしゃっている。まず、「専門家」とは誰なのかがよくわからないので、会議の構成メンバーを調べてみると、皆様ご立派な方だと思う。ことは、人の命にかかわることだが、専門といっても細分化してみると、まちまちで、ここで尽力されている人々だけが専門家であるとは限らない。また、これだけ各種の専門家が意見を集約することは至難の業だと思う。裁判でも判事が全会一致でない場合もあるし、審議会などという場では、意見がまとまらない事も少なくない。不確実な科学的なことを、限られた情報だけで見解が一致するはずがないと思った方がよいのではないだろうか。つまり、政府が選んだ専門家ということであると理解すればよいのだろうか?
つぎの疑問は「総合的判断」という便利重宝な言葉である。都市閉鎖をするかしないか、あるいは封鎖を解除するかどうかの判断を、総合的に行うという意味がわかるだろうか?この問題は、公衆衛生の専門家とか、疫学統計の専門家に意見を十分傾聴し、政治的責任の所在を明らかにしてうえでの決断なので、専門家の判断がそれ以上なはずはない。世界のリーダーの中で、専門家の意見を聞かない人もいるわけだが、専門家の総合的判断に、全て従っているというリーダーをみつけるのは、難しいことだと思う。まさかとは思うが、「あの時は、専門家の総合的判断だったので・・・」というようなことをいうことは、リーダーシップの作法として絶対認められない。
専門家の意見を重視するということでは、日本医師会は4月1日には、非常事態宣言の必要性を強調していた。それから1週間も経過しなければ、決断できなかったのは、医師集団を専門家と認めなかったのであろう。実際に「このまま政府と専門家会議に任せていて大丈夫」なのかという指摘が、識者から発せられていることを、われわれは真剣に考える必要があると思う。
◎マキシミン戦略
ゲーム理論で意思決定判断の基準としてマキシミン・ルールというのがある。不確実の状況や無知のベールにおおわれている状態では、選択されうる戦略のそれぞれの場合について、最悪の場合の利得を考え、これが最大となる戦略を選択するというものである。より単純化すれば、不確実な状況では、予想される最悪な事態を避けることを合理的とする考え方であるといえる。
今回のパンデミックでは、罹患する人間を最小限にするという選択が考えられるが、感染が避けられないのであれば、感染による死亡者の実数を最小限にするという、悲観的な戦略が必要になる。最悪何千万人が死亡するかもしれないと予想されれば、その人数をどこまで減らせるかということになる。医療崩壊しないぎりぎりの死亡者に抑える戦略でもある。最悪のケースから考えれば、一番ましなものを選ぶということにもなる。
ただし、どれが「一番ましなもの」なのかということに関しては、いろいろな考え方があろう。わたしは、今、世界は、未知のウイルスに対し、このマキシミン戦略を真剣に選択しようとしているのだと思う。避けることのできない現実で、逃げ切ることが無理なら、医療崩壊しないように、ゆっくり感染させていくという戦略が、合理的なのかもしれないのだ。
このマキシミン・ルールについては、現代正義論を展開し、全米哲学協会長も務めたジョン・ローズが正義の原理を導く際に、説明要因として用いたので、知られるようになった。不確実な状況下での戦略決定は、勝つためでなく、負けを少なくする決断なのだ。
社会医療ニュースVol.46 No.539 2020年6月15日