音楽の時間は人生にとって貴重だ
カミーユ・サン=サーンスは100年前の12月26日に、98歳で息を引き取るまでなんと300曲以上を作曲したフランスの音楽家です。1856年に10歳でコンサートデビューし、13歳でパリ音楽院に入学。「神童」と呼ばれたそうです。
「動物の謝肉祭」を初めて聴いたのは中学校のレコード鑑賞の時間で、とても感動したのを覚えています。なんだかわかりませんが「肉に感謝する?」という疑問がわいてきたので、先生に質問したところ「イースタ前の40日間肉を口にしないので、その前の数日間をカーニバルとしてお祭りするのだ」と教えていただきました。
今にして思えば、毎週2回の音楽の時間は人生にとって貴重でした。現在、中学生は3年間の音楽授業時間が削りに削られて115時間しかないそうです。58年前は西洋音楽中心の楽しい時間で、音源がラジオとか蓄音機からLPレコードや「ステレオ」などという高額調度品風電化製品が普及し始めた時代です。いつでもどこでも気軽にクラッシク音楽が聴ける環境ではなく、豊かな家庭以外の一般庶民の家では高値の花みたいな存在だったように思います。
中学生時期はフォークソングからビートルズに移り変わる時代で、東洋ではない西洋音楽への関心が海外の文化や芸術への憧れとなり、高等教育がどんどん「西洋かぶれ化」し、なんでもアメリカンドリームを美しいと錯覚せざるをえない雰囲気でした。
人間どんな音楽を聴いてきたかで考え方やモノのとらえ方に影響があると思いますが、教養主義的な音楽への関心と、何でもかんでも聴いてみてから自らで判断するということにも性格の差が生じるのでしょう。
わたしはなんでも聴いてみたい派でしたが、行き過ぎたとしか思えない最近の商業主義的楽曲に魅力を感じられません。ミュージカルや映画音楽あるいはポップスに素晴らしいものも多数あるし、クラッシク音楽の分野でも膨大な量の作品があり、1人の人間が全てを鑑賞することは困難なのではないかと思います。
昨年から延々と続いているパンデミックですが、もし音楽がなければ辛いだろうなとか、音楽に助けられていると、何度か思います。どんな曲も気楽に再生できるので「何を聴くか」に迷うこともあります。それで毎月、聴く順序をなんとなく決めています。生誕年とか没後何年とはわかりやすいので、その作曲家の全曲を鑑賞したりして楽しんでいるのです。
オペラ「ヘンリーⅧ」は、シェクスピアの劇をコピーした作品でDVDが発売されています。サン=サーンスの音楽はともかく、このDVDを何度みても映像が古く、演出に変化が乏しく単調なのがどうも気に入らないのです。
よくよく考えてみると、エリザベス1世の父親であるヘンリー8世という人物が、嫌いだということに気づきました。他国の昔の王様のことをわたしがどう思うかなんて、全く関係なく、書くこと自体無意味かもしれません。でも「嫌いだ」と思えたのも、このオペラのおかげだと思うと、なんだか楽しくなってきたのです。
毎回、下手な音楽談義書き散らして申し訳ありません。今年もご愛読いただいた皆様に深く感謝します。
社会医療ニュースVol.47 No.557 2021年12月15日