Ⅶ.米国のMB賞(参考資料)


 病院管理の参考文献としてのMB賞ヘルスケア版について

 このテキストでの病院管理については、長い歴史がある経営品質賞として国際的に評価されているMB賞ヘルスケア版の審査項目のいくつかを参考にしています。これは、「21世紀の国際的経営学書である」とか「経営品質という考え方を世界に定着させた」などともいわれており、経営学分野では、ヨーロッパ品質賞(European  Foundation for Quality Management:EFQM. 1992~)、日本経営品質賞(Japan Quality Award :JQA. 1996~)の原型となっています。なお現在、MB賞をモデルとした経営品質プログラムが,世界60以上の国・地域で展開されています。

以下、Malcolm Baldrige National Quality Award、について公表資料から説明します。なお、米国の医療制度は、日本とは差異がありますが、病院管理面では共通性があると思います。

 MB賞ヘルスケア版の検討

マルコムボルドリッジ(レーガン政権当時の商務省長官の名前)国家賞では、米国産業の競争力強化のために大きな推進力となった国家経営品質賞のプログラムを、医療分野に展開するため、基本となるビジネス版のパイロット版を1995年から、99年には表彰制度を創設しました。2002年度には、初のヘルスケア版として「SSMヘルスケア」という病院グループが受賞しましたが、これは明らかにMB賞により大きな改革・革新を進めようとする国家戦略によるものです。ちなみに、ビジネス版におけるヘルスケア分野関連の受賞としては、1996年にADACラボラトリー(シリコンバレーにあるハイテク企業)が、また翌97年には、3M歯科材料部門が、それぞれ製造部門で選ばれています。「両組織とも、MB賞に応募したことにより、企業パフォーマンスのより良い成果がえられた、との効果を公表しました」。

 ヘルスケア版の背景・設置理由

米国の年間医療費は、2000年当時ですでに1兆ドル(およそGDPの13%)を超えており、もしこれを効率化によりその1%を節約することができれば100億ドルの節約となるとNISTは試算していました1。MB賞へルスケア版の設置により、審査基準適用によりヘルスケア経営品質の改善が助長されれば、米国内のヘルスケア費用削減が可能なのではないかという期待が、制度創設の背景になっていたと考えられていますので、現在でもプログラムとして継続されています。

目的は、医療の質を効率的に高めることですが、MB賞の医療部門への拡大は、異業種間でベストプラクティス情報を伝達し共有化する効果も期待してされていたのです。このように、「MB賞のヘルスケア版の創設は、経営品質向上による米国産業の競争力強化、というMB賞本来の目的にのっとっています」。この主張は、MB賞が国家賞たるゆえんだと理解することができます。

 現在までの応募状況

 ヘルスケア部門賞については、1995年よりパイロット版が作成されており、賞の創設は99年からです。1999年から2002年までの応募総数は、42団体でした。このうち、2002年度応募組織は、17団体であり、うち1組織のみが受賞したことになりますが、その後の受賞組織のうち2014年以降直近までの受賞組織はつぎの通りです。

Baldrige Award Recipients Listing NIST

2014 Hill Country Memorial

2014 St. David’s HealthCare

2015 Charleston Area Medical Center Health System

2016 Kindred Nursing and Rehabilitation –

2016 Mountain Valley (now Mountain Valley of Cascadia)

2016 Memorial Hermann Sugar Land Hospital

2017 Adventist Health Castle 

2017 Southcentral Foundation

2018 Memorial Hospital and Health Care Center

2019 Adventist Health White Memorial

2019 Mary Greeley Medical Center

NIST HPより作成(By Hideo Koyama2020)

 ヘルスケア版審査基準の到達目標

 ヘルスケア版審査基準書2では、到達目標として以下の3点をあげています。

 ① 患者や他の顧客に対し、常に改善されつづけるヘルスケアの価値の提供と質の向上

 ② ヘルスケア組織としての組織全体の有効性と組織能力の改善

 ③ 組織およびスタッフ個人の学習効果

 上記3点は、MB賞ビジネス版と同趣旨の概念をヘルスケア向けに表現したものとなっており、これにより、組織の卓越したパフォーマンスエクセレンスの追求を実践し、個々の組織が、QOLを改善し、また維持していくことを目的としています。

ヘルスケア版の審査基準の構成

 ヘルスケア版も、MB賞ビジネス版と同様の基本的考え方に基づき構成されています。また、審査基準のフレームワーク構成も、7つのカテゴリーから構成される同趣旨のものとなっています。ただし、一般の企業と医療機関では、管理の対象に関して若干の差異がありますので、病院等の管理が企業のそれとどこに違いがあるのかが焦点となります。

(6)ヘルスケア版審査基準の留意点3 

 MB賞ヘルスケア版を作成するにあたり、ビジネス版審査基準をヘルスケア用に適用するときの考慮すべき事項として、ヘルスケアの審査基準全体におよぶものとして①使命の特異性、②「顧客」の考え方、③スタッフ、④事業と支援プロセスの考え方、⑤ヘルスケアの重視があげられています。内容は、病院等管理への注意点として参考になると思います。

  • 使命の明確化 

 ヘルスケア組織全体は、当然、共通の目的をもっていますが、個々の組織についていえば、使命や役割、サービスなどは組織により当然異なります。MB賞を申請する組織は、まず自らの「使命」が審査の際にもちいられる一組の基準に合致しているとともに、その他の各基準とも齟齬がないということをわかりやすく説明する必要があります。

 なぜならば、申請する組織の業績結果がどのような人物あるいは特定の部門によって達成されたかを明らかにする方法はそれぞれの組織ごとに差があるからです。

 そこで、MB賞を申請しようとする組織は予め審査基準のフレームワークや内容を十分に理解し、いつでもMB賞による審査に対応できるような組織環境を整備しておくことが必要です。

 特に戦略計画のカテゴリーでは、「申請者は自らの使命達成に必要な要件のすべてに対応できるよう、項目の一つひとつではなくカテゴリー全体の要件に対してわかりやすく説明しておくべきです」。なぜならば、組織の業績のカテゴリーでも、組織の使命と戦略目的とが矛盾していないことを明らかにしなくてはならないからです。

 ところで、ヘルスケア版審査基準は使命達成に必要な要件が使命の明確化とは関係なく、全組織にあらかじめ共通して存在しており、これはヘルスケアサービスの提供場面で特に顕著となります。このような共通性にもかかわらず、ヘルスケアサービスとそのサービス開発の焦点はそれぞれの組織の使命におくのです。

 例えば、病院や健康保険組合(HMO)、在宅ケア提供組織(HHA)などからの結果報告書にMB賞が期待することは、個々の活動組織における使命の相違点や使命の反映状態です。しかし、これら3分野の提供組織が実際に期待されることは、業績改善努力の有効性を証明するという目的で、これらの提供組織が年度ごとに改善結果を開示することです。

 いくつかの医療組織では、研究や教育を使命の一部として重視するという認識があります。もしそうなら、「研究や教育活動はプロセス・マネジメント報告および、管理運営面の業績結果報告の中の一部分として記録すべきです」。

  • 「顧客(Customer)」の考え方

 ビジネス版では、「Customer:顧客」という単語を製品やサービスを購入する人という意味で用いています。市場での成功は、消費者の選好次第であるとも考えられますが、組織が必要とする要件を設定する場合は、その他のステークホルダーも考慮しなければなりません。

 「卓越した組織パフォーマンスのためには、経営環境、法規制、その他成功に関連する全ての必要要件を満たしていなければならないので、医療組織においても、さまざまな必要要件に対応していなければならず、全てのニーズはヘルスケア版審査基準項目に盛り込まれていなければなりません」。

 ビジネス版の審査基準をヘルスケア分野に適用するためには、ヘルスケア分野における主要な顧客(Key Customer)、すなわち患者/利用者の要求を明確にする具体的な取り組みに対して審査する基準が含まれます。この取り組みにより、主要な患者/利用者とその他の顧客が明確に区別され、重視すべき顧客を選別することができます。特に、患者/顧客とヘルスケア市場に関する知識、患者/顧客の信頼関係、患者/顧客の満足度の項目では、特に注意した分析が必要です。また、ヘルスケア組織は、当然強い社会的責任を負っており、組織における地域への取り組みは重視されるべきです。

 なお、ヘルスケア版では、医師、看護師、助産師、心理士、その他ヘルスケア提供者(医師をはじめ専門家が組織外部から施設を利用することを前提として)4は、スタッフとして専門的な役割を果たすと同時に、その組織にとっての供給者あるいは顧客としても位置づけられています。そこで審査基準は、さまざまな関係に対応できるように作成されています。

 ヘルスケア版審査基準を通して、患者/利用者、顧客の要求は、第1に組織のヘルスケアサービスに反映されるべき要求、第2に顧客それぞれがもつ付加的要求に分類することができます。患者/利用者以外のその他の顧客による要求の多くは、組織が提供するヘルスケアサービス自体に向けられるべきものであることから、ヘルスケア審査基準では、ヘルスケアサービスの提供の審査に重点をおいています。

  • 経営幹部とスタッフ

 ビジネス版審査基準で示す「Senior Leaders:経営幹部」とは、組織のトップマネジメントグループ/チームのことです。一方、ヘルスケア組織では、マネジメント部門とヘルスケア提供部門とのリーダーシップに区分されているため、経営幹部は、両方のマネジメントを統合する必要があります。もちろん、このような医療と経営の明確な区分は、日本では一般的ではありません。

 また、組織の人材については、ビジネス版審査基準では、「employees:従業員」という語で一括し、従業員満足、モチベーション、能力開発などが重要な戦略源としています。この点は、ヘルスケアの審査基準でも同様ですが、あえて「staff:スタッフ」という語を用い、そこにはヘルスケアサービス提供者、トップリーダー、マネジメント、および支援スタッフも含まれます。

 ヘルスケアサービスの提供者は、組織の「従業員(employees)」である場合が多いのですが、主要なヘルスケア提供者は、審査基準において「スタッフ」と表現しています。ヘルスケアの提供者を「スタッフ」と捉えることにより、組織のリーダーシップや人的資源について、スタッフの役割や責任を改めて強調するものです。

 ヘルスケアの審査基準では、すべてのスタッフが組織マネジメントシステムに組み込まれ、組織の使命を果たすために貢献することが期待されています。

  • ビジネスプロセスと支援プロセス

 ヘルスケア版審査基準では、第1に直接サービスの提供に重点を置きます。また、ヘルスケア組織においては、間接的に支援する活動もあります。そこで審査基準では、ヘルスケアプロセス(Health Care Process)と、支援プロセス(Support Process)に分けて審査項目を設けています。支援プロセスとして、事業プロセス(Business Process、例として技術習得、情報マネジメント、ナレッジマネジメント、M&Aなど)と支援プロセス(Support Process、例として患者記録など患者支援プロセス、財務・会計設備管理、安全管理、請求、購入などのその他の支援プロセス)に分けられます。

  • ヘルスケアの重視

 ヘルスケア版審査基準では組織パフォーマンスのさまざまな審査項目を設置していますが、なかでも特に医療を重視します。その理由は以下の2点です。

 (ⅰ)  健康状態の改善は、ヘルスケア組織の共通の目標であり、成功したヘルスケア戦略や方法は国家のヘルスケアシステムに影響を与えます。
(ⅱ)  ヘルスケア版審査基準は、ヘルスケアの質の改善を最優先根拠として作成しています。

 審査基準はヘルスケア提供者としての組織パフォーマンスに焦点を当てていますが、事業システムやサポートシステムにも注目しています。しかし、これらは、それぞれ別のパフォーマンスと考えるべきではなく、組織パフォーマンスの様々な面を審査するものです。

図表2-3  2003年度以降の ヘルスケア版 審査基準フレームワーク

 2003Health Care Criteria for Performance ExcellenceをもとにKoyama作成。

注1.NIST発表資料:A Measure of Confidence: NIST and Quality in Health Care. NIST(National Institute of Standards and Technology)米国商務省の国立標準技術研究所のHPよりMB賞のHealthcare版に関しては以下を参照した。(最終参照日2020年8月26日)https://www.nist.gov/baldrige/how-baldrige-works

注2.Baldrige National Quality Program 2003:Health Care Criteria for Performance

Excellence, P7-8.

注3.前掲2,INTEGRATION OF KEY HEALTH CARE THEMES,P8-9.

注4.米国の医師、看護師、助産師、心理士等が、病院の外部の組織に所属し、患者さんを連れて病院を利用するという仕組みは、理解しにくいかもしれませんが、日本の医師共同利用医療施設と同様です。病院側からみれば、外部から病院を利用てくれる医師等は、顧客ととらえているということです(以上はあくまでも個人的意見で、NISTの説明にはありません)。