香取照幸先生の憂国の書、第2段

香取照幸さんの『民主主義のための社会保障』東洋経済新報社が発刊されました。この本には帯がついていて「社会保障のあり方がこの国の将来を左右する。異能の元厚生官僚による憂国の書、第2段」と書いてあります。

4年前に退官してから、在アゼルバイジャン共和国日本国特命全権大使となり、昨年4月から上智大学総合人間科学部教授として、社会保障について教鞭をお取りです。悪友たちの間では「ミスター社会保障」、ニックネームは「カッカ」と呼ばれています。突然ですが引用してみましょう。

〇誤解を恐れずに言えば、今の日本の医療・介護体制は「戦力の逐次投入」と「有限資源の薄まき」の状態に陥っています。このままでは増大する医療・介護ニーズを支えることは難しい。そのような状況を打開するには、限りある人的・物的資源の効率的利用という観点から思い切った「選択と集中」「人的・物的資源の再配分」が必要です。

〇社会の成員すべてが持てる能力を開発・発揮し、社会への参加を通じて責任と役割を分かち合うこと、同時に社会保障の恩恵を(権利として)享受することを通じて「見返りの実感」を得、それによって社会的統合の実現と経済成長(活力)と安心の同時達成を実現する社会の実現を目指す。落ちこぼれ・排除をなくし、分断・排除・制度の谷間を生まない社会保障のネットワークをつくることは,社会保障の本来機能です。

〇日本のような社会で、健康・医療や介護、保育といった社会サービスが成長産業たり得る、というのは、まさにそれが(社会全体の需要が飽和する中で)人々が必要とし、求める「確実で実体的な需要」「今後も増大していく需要」だからです。そして、社会保障がその需要を「有効需要」にする―医療、介護、保育などへの投資を行い、社会保障制度などによって「費用保障」を行う―ことで「必要な人が手に入れることができる(つまり買える)」サービスにする―からです。

〇社会保障を生涯の職としてきた者として、大げさなようですが、私は「自由と民主主義」に基本的価値を置く西側社会の一員であるこの国を守り、再び愚かな争いに世界を巻き込まないためにも、社会を分裂させ、民主社会の基盤を掘り崩す「格差の拡大」に逃げずに正面から立ち向かわなければならないと思っています。

こんな文章ですがいかがでしょうか?日本で膨大な先人の努力で構築されてきた社会保障制度が、今や経済も民主主義も支えているのが現実なのだから、われわれは一層格差などをなくして、社会保障を維持・発展させましょうという強烈な熱意が伝わってくる書籍です。

緊急事態宣言下で世の中全体は「思考停止状態」になっているのかもしれませんが、今後のわたしたちの暮らしを考える上でも、世界の中での日本の行く末を考える上でも貴重な意見だと私は思います。

2019年8月下旬アゼルバイジャンの首都バクーに行き香取さんと会いました。目的はリヒャルト・ゾルゲの生家を訪ねることでした。日本帝国で活動したソ連のスパイで1944年11月に死刑になったゾルゲ事件の首謀者ですが、なぜか大学生の時に興味があり、調べまわりました。父親はドイツ人の石油採掘技師、母親はロシア人と紹介されますがアゼルバイジャン人だった可能性があります。

映画にもなりましたし、ゾルゲ関連の日本語の書籍は沢山あります。バクーの生家を発見できたのは旧友香取さんのおかげです。そのバクーで、美しいカスピ海を眺めながら香取さんが3年間何を考えていたかが、よくわかる本です。

社会医療ニュースVol.47 No.547 2021年2月15日