共通言語として共有化されていないまま言葉だけが飛び交う生産性議論のゆくえ

厚労省老健局が発注元の「介護サービス事業における生産性ガイドライン」に関する研究班に一部分だけ参加しました。現在でも「介護サービスの質の向上に向けた業務改善の手引き」が活用されています。この手引きではつぎのように説明されています。

●一般的に生産性向上は、従業員及び労働時間当たり付加価値額を設備投資や労働の効率化等によって向上させるとされています。
●生産性は、Output(成果)/Input(単価投入量)の分数で表しますが、実際の生産性を向上させるためには、「Input」と「Output」の間にある「Process」に着目して取り組む重要性が指摘されています。

介護サービスの質のために介護業務のムリ、ムダ、ムラを省き、ICTなどを活用して介護マネジメントを徹底させようという趣旨はごもっともで当然視していたのですが、介護現場からの反応は「なんだかな」というものでした。突然、生産性の向上といわれ「介護は生産性が低いのか?」「介護分野で生産性向上させれば質が上がるの」「生産性の指標にはどんなものがあるの」「突然、生産性といわれても理解できない」という声を直接聞く日々が続いたのです。

2017年9月の衆議院解散にあたり当時の安倍総理が「生産性革命」と言葉を発しましたが、同年の「骨太の方針」に「人材育成と生産性向上」が強調されており、それ以降、官邸を中心に「生産性向上」の嵐が噴きだしたのです。多分「介護」もその煽りを受けたのだと想像しますが、「医療」には無関係だろうという雰囲気だったように思います。

しかし、官邸は効率的な働き方を奨励し、労働法制で統制してでも強制的に実現することによって「働き方改革」を進め、結果として生産性向上政策を展開しようと意図したのだと考えられます。生産性向上議論は対岸の火事だった医療界は、医師の残業規制による労働時間短縮という現実に対面して、慌てふためいたことは記憶に新しいですよね。

ご存じかも知れませんが「生産性とは、生産諸要素の有効利用の度合いである」(ヨーロッパ生産性本部の定義)です。労働の視点からであれば労働の生産性、資本の視点からであれば資本の生産性となり、投入した生産要素すべてに対して産出がどれくらい生み出されたかを示す指標としては「全要素生産性」などがあります。良く取り上げられるのは「労働生産性」で、付加価値額を労働者数で除したものを「1人当たり労働生産性」、労働者×時間で除したものを「1時間当たり労働生産性」といいます。

付加価値/労働時間が「労働生産性」だと理解した上で、では「付加価値とはなにか」ですが、それは「労働によって付け足された価値を数量化したもの」とされています。問題は「付加価値」はどのように求めるのかです。

付加価値は、売り上げから原材料費を差し引いたものという「除去法」と、人件費や利益などを足して計算する「加算法」があります。加算法の場合、つぎが対象です。➀人件費②支払利息等金融費用③賃借料④租税公課⑤経常利益、そして⑥減価償却額の合計が「付加価値額です。この足し算で⑥の減価償却費を除いた場合「純付加価値」と呼ぶ場合があります。

◎付加価値/労働時間の計算は分母と分子の増減で変わる!

労働生産性を向上させようとするのであれば、分母を減らすか分子を増やせば数値は増加し、逆は減少するわけです。ごく単純に考えれば仕事によってえられる付加価値が変動しなければ、人数を減らすか1人当たり労働時間を短くすればいいわけです。逆に、労働者×時間を固定しておけば付加価値を増やせばいいわけです。

付加価値は➀から⑥までの合計ですから、人件費か経常利益か、それとも減価償却費のいずれか、または全てを増やせばよいということになります。ただし、付加価値額が同一なのに人件費だけを増やせば、経常利益がその分減りますし、逆に経常利益だけを増やそうと思えば、人件費などほかの費用が少なくしなければならないことになります。したがって「企業の稼ぐ力を高めることが生産性向上だ」と主張は、付加価値額が増え結果として経常利益が増えた場合は当てはまるかもしれませんが、付加価値額が増え経常利益が増えれば人件費を引き上げざるをえないので、稼ぐ力=経常利益だけではどうにもならない場合もあるかもしれませんので、そう簡単なことではありません。

◎人件費が増加して経常利益も増加する介護保険事業にするには

介護保険事業の生産性を向上させる基本的要件は、介護現場の労働者数を削減するか労働時間を短くすることに注力されているようですが、介護保険事業者の「売上」のほとんどは利用者負担金と介護保険報酬などなので、どちらかあるいは片方の金額を増加させれば生産性は向上するわけですよね。同一条件下で介護保険報酬を引き下げれば生産性は低下します。人件費を政府の強権で引き上げても経常利益が低下したのでは生産性は維持できません。最も危険なのは、減価償却費を少なくするために新たな投資をひかえことによって経常利益を確保しようとする行為です。

こんな単純なことを、介護保険報酬とか、診療報酬改定作業において為政者側で業務をなさる方々は、理解できないわけはないと思います。

社会医療ニュースVol.48 No.559 2022年2月15日