誤解されている介護の生産性議論でそれを向上させるのは簡単ではない
昨年12月17日に公益財団法人日本生産性本部は「労働生産性の国際比較2021」を公表しました。この中で20年の日本の労働生産性(時間当たり・1人当たり)の国際的位置づけや19年の製造業の労働生産性比較とあわせて、20年4から6月期以降の労働生産性の変化も分析結果が示されている大変貴重なものです。
まず、20年の日本の時間当たり労働生産性はOECD加盟38カ国中23位で、順位は70年以降最も低くなっています。就業者1人当たり労働生産性は、OECD加盟38カ国中28位だと、具体的金額で説明されています。
つぎに、19年の日本の製造業の労働生産性水準(就業者1人当たり付加価値)は、米国の65%に相当し、ドイツをやや下回る水準であり、OECDに加盟する主要31カ国の中でみると18位だそうです。
日本の労働生産性は低いことはよく分かりますが、読み進んでいるうちに「⑦教育・社会福祉サービス業の労働生産性トレンド」という項目があり、その中でつぎのように書かれています。
「日本では、教育や社会福祉といった分野には各種補助金を含む多額の政府資金が投入されており、人員配置などにも規制がある。事業を運営する法人も、それにどうしても縛られざるを得ず、他の産業分野ほど自由な活動ができるわけではない。そのため、付加価値を拡大して労働生産性向上に事業者が取り組むインセンティブが他分野ほどなく、それが労働生産性にも影響しているものと考えられる」。
意味は分かりますが、ビックリポンです。要するに教育や社会福祉といった分野は労働生産性が低く、労働生産性向上に事業者が取り組むインセンティブが他分野ほどない、といわれているのです。その通りなのでしょうが、このことと1頁に書いた介護サービスの生産性向上の取り組みというテーマが、わたしの頭の中で激しくぶつかり合います。多分、医療サービスも同様なのでしょう。
◎構造的に生産性が低いのにそれでも向上させろという
なんか暗澹たる気分になり、そもそも「生産性」に関する議論は、どうしてこんなに注目されるようになったのであろうかということで、本格的に勉強し直してみることにしました。生産性は経済学の重要なテーマで、専門家の間では盛んに議論されていることがまずわかりました。と同時に、どう考えても日本の時間当たり労働生産性がOECD加盟国の中で、順位が低下していることを問題にせざるをえない経済状況に追い詰められていることが明確にわかりました。
それと、17年になぜ「生産性革命」などということを安倍首相が発言したのかの真意を探るべく、時系列で考え直してみました。確証はえられませんが、どう考えても「大胆な金融戦略、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略という3本の矢」の成果が確認できない原因を「生産性」のせいだと責任転嫁しようとしたのかもしれないと、勘ぐってしまいます。
もう忘れられたかもしれませんが、新たな3本の矢は「希望を生み出す強い経済、夢を紡ぐ子育て支援、安心につながる社会保障」で、「長年手つかずだった日本社会の構造的課題である少子高齢化の問題に真正面から挑戦したい」と安倍首相は意気込みを示しましたよね。
人口減少を食い止めることも、生産性を少なくとも現状維持することは、実は大変難しい課題で、複雑系の難問だということです。それなのに「介護の生産性」などを求められている現状を、どのように受け止めたらよいのでしょうか?
◎誤解されている生産性を実現するのは至難のワザ
ということで、介護や医療の労働生産性はどのようになっているのか?労働生産性向上に事業者が取り組むインセンティブが、本当に低いのか?もし、それでも労働生産性を向上させるためにはどうすれば良いのか?などについて考え始めたのです。これが難題で、積乱雲がモクモクと立ち上るような感覚になり、時間ばかりが経過している状況にあります。
本も何冊も購入し一応読ませていただきましたし、経済学者の難解な論文も眺めさせてもらいました。正直にいって、数多くの第1線経済学者が研究に没頭しているのに、凡人に理解できたことはつぎの3点だけです。
第1に、「生産性」を完全に理解することは簡単ではないし、誤解されていることが沢山あり、まして生産性が何によって向上するのか説明できないらしい。
第2に、それでも産業の実態を詳細に分析したり、あるいは生産性が向上した国の分析や国際比較をしてみると、エビデンスをえられる場合があるが、それを単純化して他国で普及させても結果として「向上」したかどうかは確かめられない場合が多いらしい。
第3に、生産性にはICTやデジタル、AIとかロボットが関係していることは間違いないが、現在、各国の研究者が膨大なデータを収集している過程で、これらと生産性の関係は証明されていないらしい。
◎介護の生産性向上等を継続的に介護経営学会で議論して欲しい
はっきりいって、生産性については誤解が多く、何が影響してるかも不明な現状で、介護の間接業務のムリ、ムダ、ムラを省き、余裕が生じた時間をケアの直接業務に振り向ければ「介護の質は向上」することになることもあるだろう。しかし、デジタルやロボットを活用できれば、例えば、3人がかりで実施している介護業務を2人で実施できるかのような目的で、介護業務の労働生産性を議論することは至難の業であり、まして介護分野での生産性向上に関するインセンティブをどのようにつけるのかという議論は始まってもいないというのが、とりあえずの結論ということになります。
この課題については、今年、介護経営学会でも研究し、議論していただきたいと強く希望を表明していますので、多くの方にご参加いただきたいのです。
なお、以下の本を読んでみていただければ、生産性に関する議論は多数あり、どれも簡単ではないという事実が理解できると思います。森川正幸「生産性 誤解と真実」日本経済新聞出版社。
社会医療ニュースVol.48 No.559 2022年2月15日