人的基本経営の実現に向けた検討会『人材版伊藤レポート2.0』を読む
8月25日、経産省と金融庁のHPに「人的経営コンソーシアム設立総会が開催されました」がアップされ「設立総会には入会企業320社のうち47社が対面で参加し、その他の入会企業はオンライン配信を視聴しました」とあり、伊東邦雄会長による開会挨拶、西村経産相の挨拶などが行われた。
一橋大学CFO教育センター長の伊藤先生など7人が発起人になり「人的資本経営の実践に関する先進事例の共有、企業間協力に向けた議論、効果的な情報開示を行うこと」が目的のようです。経産省が推進役で、これだけの上場企業が参加した組織は、日本企業が抱える人的資本への危機感が根底にあり、今後とも発信力を増すのでしょう。
金融庁と東京証券取引所が21年に改訂したコーポレートガバナンス・コードには、人的資本への投資について自社の経営課題との整合性を意識しつつ具体的に情報を開示すべきことなどが明記されました。話は前後しますが、20年9月に「人材版伊藤レポート」が公表され、上場企業の人事部門の担当者を中心に関心が高まりました。
この伊藤レポートを深堀して高度化させたものが、22年5月、経産省が公表したA4判74頁の『人材版伊藤レポート2.0』と、19社の実践事例集と調査集計結果の公表です。
◎伊藤レポートを勝手に要約する
キャチフレーズは、さしずめ「人材は管理の対象ではなく資本なんだ」ということです。直近の5年間で企業や官庁あるいは医療機関などで働き方を含めた人材戦略の在り方が問われていることは多くの人々が、気づいています。
まず、産業構造の急激な変化、少子高齢化や個人のキャリア観の変化は、企業や個人を取り巻く環境への対応を必然的に考慮しなければなりません。変化の中で、企業は様々な経営上の課題に直面していますが、これらの課題は、人材面での課題と表裏一体であり、スピーディーな対応が不可欠です。このため、各社がそれぞれ企業理念や存在意義(パーパス)まで立ち戻り、持続的な企業価値の向上に向け、人材戦略を変革させる必要がある。
今回のレポートの狙いついては、つぎのようです。
人的資本情報の開示に向けた国内外の環境整備の動きが進む中で、「経営戦略と連動した人材戦略をどう実践するか」と、「情報をどう可視化し、投資家に伝えていくか」の両輪での取組が重要となる。後者の「情報をどう可視化し、投資家に伝えていくか」という点については、内閣官房の「非財務情報可視化研究会」、経済産業省の「非財務情報の開示指針研究会」、金融庁の金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」において、開示に当たっての考え方や開示の枠組みが議論されているので、これらを参考にして欲しい、とあります。
その上で、「人材戦略に求められる3つの視点・5つの共通要素」が図示され、つぎのように説明してあります。
人材戦略は、産業や企業より異なるものの、①「経営戦略と連動しているか」、②「目指すべきビジネスモデルや経営戦略と現時点での人材や人材戦略との間のギャップを把握できているか」、③「人材戦略が実行されるプロセスの中で、組織や個人の行動変容を促し、企業文化として定着しているか」という3つの視点がある。
共通要素は、①目指すべきビジネスモデルや経営戦略の実現に向けて、多様な個人が活躍する人材ポートフォリオを構築できているかという要素。②個々人の多様性が、対話やイノベーション、事業のアウトプット・アウトカムにつながる環境にあるのか(知・経験のダイバーシティ&インクルージョン)、③目指すべき将来と現在との間のスキルギャップを埋めていく(リスキル・学び直し)、④多様な個人が主体的、意欲的に取り組めているか(社員エンゲージメント)といった要素も必要となる。そして⑤「時間や場所にとらわれない働き方」です。
◎リスキル・学び直しのための取組に注目する
「経営環境の急速な変化に対応するためには、社員のリスキルを促す必要がある。また、社員が将来を見据えて自律的にキャリアを形成できるよう、学び直しを積極的に支援することが重要である」という指摘は重要です。このことを実践するためCEOやCHRO最高人的資源責任者は、つぎのようなことに取り組むことが必要で【実践事例集での取組事例】にも示しています。
(1)組織として不足しているスキル・専門性の特定。経営戦略実現の障害となっているスキル・専門性を特定し、社員のリスキル・学び直しを主導する。その際は、そのスキル・専門性の向上が社員にとってどのような意義を持つのか、丁寧にコミュニケーションを行う。
(2)社内外からのキーパーソンの登用、当該キーパーソンによる社内でのスキル伝播。自社に不足するスキル・専門性を有するキーパーソンを社内外で特定し登用するだけでなく、当該人材にスキルの伝播を任せることで、周囲の人材のリスキル・学び直しも誘導することを検討する。
(3)リスキルと処遇や報酬の連動。組織に不足するスキル・専門性の獲得を社員に促すに当たって、学ぶことや、失敗に終わったとしても学び挑戦をする姿勢 そのものを称える企業文化の醸成の観点からも、その成果に応じ、キャリアプランや報酬等の処遇に反映できるよう、制度の見直しも含めて検討する。その際、組織のニーズのみに限定されない社員の自主的な学び直しにも配慮する。
(4)社外での学習機会の戦略的提供(サバティカル休暇、留学等)。社員が社外で学習する機会を戦略的に提供し、リスキル・学びを促す。その際、一定期間職場を離れて学習等に活用するための長期休暇(サバティカル休暇)の導入や、国内外の大学・大学院での留学等、様々な方策が考えられるが、既存の学習支援制度を含めて、自社にとっての意味合いを見直す。
(5)社内起業・出向起業等の支援。社内起業・出向起業等の支援。社員の知識・経験を多様化し、周囲も含めた人材 育成効果を高めるため、社内での起業や、出向という形での起業に挑戦する機会を、選択肢として社員に提供する。
社会医療ニュースVol.48 No.566 2022年9月15日