日本の介護施設や福祉施設従事者に今以上の緊張感を強要していいのか

WHOのテドロス事務局長は、7月30日の定例記者会見で、多くの国ではCOVID‐19による死者の40%以上が、ナーシングホームなどの高齢者施設で亡くなっていると明らかにした。一部の高所得国では、この割合が80%に達している国もある。それは、若年層は軽症で済むことが多いが、基礎疾患がある高齢者は重症化しやすいためだと指摘した。しかし、各国別地域別の高齢者施設の感染者数や感染死亡者数は、公表データが見当たらない。

これまで高齢者施設の集団感染は、イタリアやスペインそして米国で盛んに報道されてきた。しかし、日本での高齢者施設での集団感染は、これまで10施設程度が報告されただけで、明らかに世界の傾向とは違うことはあきらかだ。では、各国の状況はどうかWebで調べてみているが、埒が明かない。原因は、高齢者施設の仕組みが国ごとに差があることや、医療との関係が様々であること、さらに連邦制の国などでは、高齢者施設の施策が、市町村単位で独自性がある場合や、わが国の都道府県に相当する行政単位での行政権限はあるが、そもそも国に報告する慣例がない国もある。これらのいずれかが該当するため、高齢者介護施設の感染状況と死亡者数を比較検討することは至難の業だ。

◎英国や米国であっても全国的データの収集ができない?

イングランドとウェールズの高齢者施設の感染状況について、英国のONSと称される国家統計局は、8月1日の公表でCOVID‐19による死亡者の約4割が高齢者施設の入居者であると報告しているが、スコットランドや北アイルランドの統計と整合性がない。詳細はよくわからないが、イングランドとウェールズのNHSは、今年3月中旬から感染者のベッドを確保するため病院に入院していた高齢者を高齢者施設に大量に移送したことが原因だと、マスメディアで強く批判されている、らしい。

日本でも有名になった米国のCDC(疾病予防管理センター)は、NHSNという名で連邦医療安全ネットワークシステムを稼働している。これをみると全米のどのナーシングホームで感染者が発生しているかが一目瞭然にわかる。しかし、統一的な統計システムにはなっておらず、発生源入力のデータであるらしい。7月19日の集計結果では、全米のLTCF(ナーシングホームを中心とした長期療養施設)の確定感染者数は152,281人で、疑いケースが96,648人、死亡者は4,273人と報告している。

このように高齢者施設の情報は、病院の情報より質も量も少ないし、国際比較できるデータになっていない。もう少し調べてみるが、日本の学者やマスコミは高齢者施設について、もっと関心を持ってほしい。

◎日本の高齢者施設はすでに2百万人の利用者がいる事実を考えてみると

日本には、病院には96万人弱の65歳入院患者がいて、多くの医療従事者が勤務している。高齢者施設としては、特別養護老人ホーム、老人保健施設、介護医療院、介護療養型医療施設、有料老人ホーム、グループホーム、サービス付き高齢者住宅、養護老人ホーム、軽費老人ホーム、ケアハウスなどの高齢者施設が約200万人分用意されている。このほか通所施設や訪問看護ステーションや訪問介護施設でも多くの従事者が懸命に働いている。

わたしの本業は、大学院の教員であるが院生はほとんど医療か介護あるいは社会福祉事業所の職員で、卒業生も友人知人もほとんどこれらの関係者だ。緊急事態宣言以降いままで5人未満の会食は数えるほどあったが、宴会どころか5人以上の人が集まることは避けている。感染が怖いという感覚より、自らがもしスプレンダーになったら収拾がつかないというか、取り返しのつかないことになるという自覚といっていい。これが今や医療従事者ばかりでなく介護あるいは社会福祉事業所の職員の日常になっている。ライブやスポーツ観戦どころかカラオケも飲み会もなく、ただただ自粛しているのだ。我慢できるかどうかというような単純な議論ではなく、そうせざるをえないという状況が継続しているのだ。

たぶん教育分野でも同様なことが起きていると思うが、遠隔教育という方法も可能であろう。医療や福祉サービスは、本来、直接的な人間関係を媒介して提供されているサービスなので、ほとんど遠隔は無理で、こうした細心の行動が不可欠なのである。わたしは、幸いにも日本の感染者も死亡者も少ない要因が、各種の生活様式にもとめられるであろうが、特に、介護や福祉の従事者の日頃の努力が感染を抑え込んでいると信じている。

◎起こらないような努力を評価する仕組みが必要だ

不要不急の外出制限や宴会厳禁は、すでに新たな日常になりつつある。甲子園もインターハイも、その上オリンピック・パラリンピックも開催できないという事態は、人情として忍びない。

しかし、わが国の高齢者施設従事者や介護保険従事者そして社会福祉事業従事者は、医療従事者と同等に毎日最大限の努力をしているのであるから、もっと社会的に評価されてしかるべきなのではないかと叫びたい。

毎週のように「従業員の家族が濃厚接触者になった」「施設入所者の家族がPCR検査を受けた」「職員が感染していないかどうかの検査を受けるシステムはないのか」「なんで政府は何も考えないので」などなどのメールがある。一昨日も、親友の社会福祉法人の理事長から「うちの保育園の園児の父親がPCR検査で陽性になった。園児はもちろん母親も家族も検査を受けた。園児保護者に連絡しているが混乱している。検査結果は明日までわからない」という緊迫した連絡があった。結果は陰性で安堵した。このようなことが全国どこかの社会福祉施設や介護事業所で起きているのである。本当に理解して欲しい。

社会医療ニュースVol.46 No.541 2020年8月15日