病院は逼迫し高齢者施設等は逼塞の状況で良書をしっかり読んでみよう
病院が逼迫しているといわれても、それがリアルにどのような意味なのか理解できる人の方が少数派なのでは思い到って3か月が過ぎました。「逼迫」とは、正確にいえば事態が差し迫るか、行き迫まって余裕のないことを意味することではないかと理解しているつもりです。問題はいろいろあるのでしょうが、なんか非科学的で雑駁ないい方のように思えてなりません。「陽性者が在宅で療養中に死亡した」ことが一大事のように報道されますが、後期高齢者夫婦が病院より在宅を選択することがなにか悪いのですか?ヒトが病院で死ぬことが8割以上になったこの国では、病院で死ぬのが常識で、家で死を迎えることは不幸なのですか?病院で死ぬより住み慣れた自宅で死にたいと希望することがダメなのですか?陽性と判定された後期の高齢者が保健所の保健師さんと十分に話あって、納得して在宅を選び、そして在宅でお亡くなりなったことが社会正義に反すると糾弾するのですか?
「高齢者施設等は逼塞している」と感じ始めて3か月以上の時間が経過しました。クラスターが起きることがマレと考えられていた期間が過ぎ、いくら防御してもいつクラスターが起きても不思議ではない状況に変化していることが、全く理解されていませんね。「蟻の一穴天下の破れ」なんていい方がありますが、今の高齢者施設等の緊迫感に通じます。感情や思い付きを言葉にする自由は当然ですが、だれかを誹謗中傷することは控え、冷静に発言できないものなのでしょうか。後期高齢者とか高齢者施設で働く人々に対して、一人の人間としてデリカシーはないのでしょうか。
◎正確な情報を本からえよう
いつもお邪魔する大型書店には、いつの間にか「コロナコーナー」みたいのが出来上がり、各種の書籍が平済みされています。たくさん買い込みましたし、読んでみましたが「なんだか?」と思う本が多いように思えてなりません。疑り深いわたしですが『山中伸弥により新型コロナウイルス情報発信』は信頼できます。このWebサイトの常連である宮坂昌之先生と黒木登志夫先生が昨年末に本を上程されました。
まず、日本の免疫学の大家、宮坂昌之先生の『新型コロナ7つの謎―最新免疫からわかった病原体の正体』ブルーバックスB-2156、講談社です。第1章「風邪ウイルスがなぜパンデミックを引き起こしたのか」、第2章「ウイルスはどのようにして感染・増殖していくのか」、第3章「免疫vsウイルス なぜかくも個人差があるのか」、第4章「なぜ獲得免疫のない日本人が感染を免れたのか」、第5章「集団免疫でパンデミックを収束させることはできるのか」、第6章「免疫の暴走はなぜ起きるのか」、第7章「有効なワクチンを短期間に開発できるか」について、親切丁寧に素人にわかりやすく書いてあります。「交差免疫」「インターフェロン産出不全」「炎症性サイトカイン」などということが何度読んでも理解できていないので、ノートを取りながら読み進んでみると「そうなのか」と思えるようになりました。わたしにとっての圧巻は「ウイルスに対して、われわれの体内でできる抗体は、わかりやすく言うと、善玉抗体、悪玉抗体、役なし抗体があります」という文章から始まる説明です。
すでにご存じの方がいらっしゃると思いますが、この本を読むまで「抗体とはできれば病気が防げる」程度の知識しかありませんでしたが、目から鱗が落ちました。
山中先生のウエブサイトで連載されていた黒木先生の『コロナウイルス arXiv』が6月30日に突然中止になっていましたが、昨年10月1日に再開されました。その冒頭に「3ケ⽉半、毎⽇10時間コンピュータに向かい、ネットで調べ、エクセルで計算し、パワーポイントで図にまとめ、ワードで⽂章を書いていましたが、9⽉中旬に予定より2週遅れで脱稿しました」と書かれてあったので、楽しみにしていました。
黒木登志夫先生『コロナの科学―パンデミック、そして共生の未来』中公新書2625、中央公論新社です。1936年生まれ、東北大学医学部卒後がんの基礎研究を行い、専門英文論文300篇以上、日本癌学会長も岐阜大学の学長も経験され、詩を愛する博覧強記な現役サイエンスライターと紹介させていただきます。この本には、昨年11月23日までに明らかになったことがコンパクトに、時にはシニカルに書かれています。一つだけ紹介させていただきます。「欧米諸国の全死亡者の40%以上が介護施設である。特に、スペイン、スウェーデンでは70%前後が介護施設の死亡者である」。
◎皆様で集団学習しましょう
宮坂先生と黒木先生の本は、ともに2020年『本屋大賞』だと思います。親友に推薦しまくっています。新書版の本の情報量は20万字強程度なことが多いのですが、内容が凝縮されているのに読みやすくわかりやすい科学系の本はなかなかありません。宮坂先生をテレビで拝見することがありますが、いつもわかりやすくコメントされます。黒木先生はYouTubeでいつでも講演がみられます。なんかものすごい先生です。専門知識は基礎知識と応用知識に分けられるように思います。全く基礎知識に乏しい場合、なにを話されているのか全く分からないことがよくあります。代表的な分野にITとかデジタル系の本で、誰かにわかってもらえなくても理解できる人だけが読んでくれれば良いといわんばかりの本があります。わたしの経験では、このような本は大したものでありません。
基礎知識がない人に対して、親切丁寧にかみ砕いて説明する、場合によっては図表化したりイラストで説明したりして、何が何でも理解して欲しいという筆者の情熱が伝わる本はすごいです。宮坂先生の本のエピローグに、先生の長女がほとんどのイラストを担当、長女の夫が微生物学者で文章を子細にチェックし、奥様が一般人としてアドバイスしてくれた「チームワークの産物です」と書かれています。職場で家族で集団学習しましょう。
社会医療ニュースVol.47 No.547 2021年2月15日