このパンデミックが認知症と生きる人々を窮地に追い込んでいるのではないだろうか

昨年の3月16日に公益社団法人認知症の人と家族の会は「緊急要請」を厚労大臣に提出しました。その内容は「介護者が感染し、本人が濃厚接触者となった場合でも、本人がひとり取り残されることなく安全、安心な環境下で認知症の介護を受けられるよう、体制整備などの配慮をお願いします」。「認知症の人が入院した場合、感染症対策で面会が画一的に禁止されてしまうことのないよう医療機関に要請してください」。「一カ所の介護事業所で感染が確認されたからといって、その地域の関係のない介護事業所にまで一律に一時休業を要請するのは止めてください」。というものです。

当時の日本は今と同様大騒ぎで、このような緊急要請を聴き入れてくれた人々がどのくらいいたのかわかりません。昨年7月の社会医療ニュース46号のこの頁に「感染リスクを回避したい管理者の面会制限はどこまで許されるか」と題し、面会制限の緩和を主張しました。案の定といいますか、病院や介護保険事業所の経営者や管理者の読者の皆様から無視されました。「無理なこと書かないで」という悲痛なメールもいただきました。人の琴線に触ることやどうしようもないことを偉そうにいうと、親友であっても同意してくれません。

ただ、当時から過度の行動制限や人間関係の希薄化が悪影響を与え、感染予防の観点からの「ソーシャル・ディスタンシング」ではなく、あくまでも身体間距離であり社会的距離を離さないことも重要ではないかと思い悩みました。社会的距離を取れといわれると「家族にも会わない方がいいのかとか、孫にも会わない方がよい」とかいうことにエスカレートし、正常な人間関係の維持ができなくことがあるからです。5人以上の飲食は行わないとか、食事以外の時間のマスク着用を推奨するということと、面会禁止との間には大きな差があります。

特に、認知症と生きている人にとって、人との交流や外出も極端に制限されると、悪い方向に進みそうなことは、容易に理解できます。

◎日本認知症学会社会対応委員会ワーキングチームの調査結果

昨年5月25日から約2週間に1586名の認知症専門医にアンケート調査した報告があります。調査項目はCOVID-19対応に関することが主で、357人が回答しました。この中でパンデミックによる症状について質問しています。認知機能の悪化は「多く認める」と「少数認める」の計で48%、BPSDの悪化は46%でした(詳しくは、新美芳樹ほか、Dementia Japan 35.を参照ください)。

注目したいのは、認知症と生きる人が「医療・介護・インホーマルの各種サービスへの影響」に関して、いずれも減少していることが明らかに示されていることです。どのような悪影響があるのかどうかについては、よくわからないものの、感染拡大期の認知症専門医からみたリアリティーが垣間みられる貴重なデータです。

受診自体の減少、介護保険サービスなどの利用自粛、インフォーマルサービス利用頻度の減少、そして引きこもりによる社会関係の断絶が認知症と生きる人々に悪影響を与えているのではないかという定性的な情報はあるものの、それが定量的に把握されていないのが現状です。同じようなことはがんや心疾患でも起きていることについては、想像することは可能ですが、どの程度なのかといったことを明らかにするためには、今後明らかになる各種データを比較検討してみないと結論できないと考えられています。

◎Prof.Tom Kitwood,person-centred care

認知症ケアを職業人としてかかわる人々の多くに共有されている中心的概念として、パーソンセンタード・ケアがあります。しごく簡単にいえば「人」として尊重し、その人の立場に立って考え、ケアを行おうとする一つの考え方で、老年心理学教授であったトム・キットウッド(1937-98)が、80年代末の英国で提唱したものです。

この概念は、各国の国家戦略でおおむね了承されていますし、関連著書を含めれば独仏伊語はもちろん日本語にも翻訳され出版されています。なぜこれほど世界から注目されたのかについては、医学上のDementia(英)やDemenz(独)の語源がラテン語のde-mensに由来したからではないかと思います。このラテン語の語源からは「正気からはずれる」という意味であると理解されてきました。デメンシアには「自分のことがわからなくなっている」状態というイメージが定着していたと考えることができます。

痴呆ではなく認知症と訳語を変えても「何をいってもわからないのではないか」という先入観が払拭されないことを苦々しく感じていた心ある人々は、教授の考え方にふれ素直に受け入れたのだと思います。認知症の患者とか人といった場合、認知症の何らかの症状を有する人という意味でしかありません。症状や程度あるいは進行速度は人それぞれでケアの方法、特に話し方や接し方を工夫することによって、人間関係も社会関係も大きく変化することを多くの人々が体験したことにより、認知症の人がいるわけではなく、認知症とともに良く生きる人なのだという共通認識が完成しているのです。

◎パンデミックだからでかたづけないで欲しい

急な下り坂で車がアクセルを全開すれば高速になり危険です。だからといってブレーキを踏みこんでいたのでは進めません。ブレーキばかりだとゆっくりになりすぎるがアクセルを踏む選択はありません。今は、そんな時期かもしれませんが、強権国家ではない比較的豊かな国では、高齢者施設での集団感染が食い止めらません。ただ、高齢者へのワクチン接種が進んだイスラエル、米国、英国では高齢者施設での死亡者が少なくなっているようです。ワクチンが普及するまで我慢すればいいのだから、そうしたいと思います。

認知症と生きている人が排除されたり、しょうがないというような安易な考え方を認めたくないのです。

社会医療ニュースVol.47 No.549 2021年4月15日