リハビリテーション・ケア合同研究大会 山梨2024
10月3日から2日間「リハビリテーション・ケア合同研究大会 山梨2024」佐藤吉沖大会長(医療法人銀門会甲州リハビリテーション病院院長)が参加登録者数1381名となり、盛会のうちに終了いたしました。
特別講演2「報酬改定におけるリハビリテーション・ケアの経済効果」と題して、小山が久しぶりに吠えさせていただきました。参加して嬉しかったのは、日本リハビリテーション病院・施設協会の3人の名誉会長と同時のお会いできたことです。兵庫県立リハビリテーション中央病院澤村誠志名誉院長、小倉リハビリテーション病院の浜村明徳先生、長崎リハビリテーション病院の栗原正紀先生はお元気で活動されており話は尽きませんでした。
会場には霞が関南病院の斉藤正身先生はじめ30年以上前からご親交いただいている多くの皆様にご挨拶させていただき、日本のリハビリテーション同窓会のような雰囲気があり、感無量です。
日本のリハビリテーション医療を決定づけたのは1988年4月から本格実施された老人保健施設制度だったと強く思い返しました。制度実施時点ではわが国に理学療法士さんは約1万人、作業療法士さんは5千人弱でした。「何しろ、入所者100人に付きどちらか1名を常勤に」と強く指示したのは当時厚生省老人保健課長であった小野昭雄先生です。全国から「理学療法士も作業療法士も確保できない」という悲痛なクレームが山のようにありました。当時「ここで妥協したらリハビリテーションの将来はない」というのが老健課の合言葉でした。
当時のわたしは、厚生省病院管理研究所医療管理部の研究員でしたが、新設される老人保健施設制度を説明するため全国にお邪魔して、山のようなクレームと要望を整理して老人保健課にお届けしていました。いつしか「リハビリテーションの普及を最優先するべきだ」と断言するようになっていました。
1963年に国立療養所東京病院附属リハビリテーション学院が東京都清瀬市に設立され、65年8月に理学療法士・作業療法士法が施行。1969年に兵庫県玉津福祉センター(現兵庫県立総合リハビリテーションセンター)付属中央病院が開院してから55年の月日が経過しました。わが国が世界有数のリハビリテーション医療先進国になりえたのは、諸先輩方のおかげです。
「急激な高齢化の進行に対抗できる医療としてのリハビリテーションを進展させないと高齢化を乗り切れない」という判断が厚生省で醸成される段階を、わたしはみつめてきましたし、このような考え方は2000年の回復期リハビリテーション病棟制度と介護保険法の創設により「リハビリテーション前置主義」という世界に例をみない政策展開を生み出したのです。
社会医療ニュースVol.50 No.591 2024年10月15日