祝!!エリザベス2世女王陛下在位70周年

エリザベス女王陛下の在位70周年を祝う記念行事「プラチナ・ジュベリー」が6月2日から5日まで盛大に行われました。世界の君主としては、世界最高齢の96歳におなりになられた英連邦の女王様に、世界中から祝福の声が届けられています。

ご尊父のジョージ6世のご逝去に伴い即位されたのが25歳、当時は第2次チャーチル内閣の時代で、世界から「社会保障の祖国」としての地位を確立した時代だったと教えられました。特に、国民保険の「均一額拠出均一給付」という「フラット制原則」に付加年金制度が61年に設けられたことは、国民保健サービス(NHS)と公営住宅施策の整備とともに世界から垂涎の的になりました。

61年南アフリカ共和国成立、翌年ジャマイカ独立、82年のフォークランド戦争、93年欧州連合(EU)発足、そして2020年のEU離脱という困難な時代がつづきましたが、チャーチルが整備した社会保障制度は英国民の生活を守り続けています。

「女王の時代に英国は繫栄する」それは「16世紀のエリザべス1世、19世紀のビクトリア女王、そしてエリザべス2世の時代だ」というのは世界史の通説です。

社会事業史の分野では、1603年のエリザベス救貧法は広く知られています。英国の救貧制度は、1531年エリザベス1世の父親であるヘンリー8世が、王令によって貧民を病気等のために働けない者と怠惰ゆえに働かない者に分類し、前者には物乞いの許可をくだし、後者には鞭打ちの刑を加えるという制度が端緒です。34年に国王至上(首長)法を発令して英国教会を創設します。その後も宗教上の対立で混乱しますが、58年にエリザベス1世が即位し翌年英国国教会が確立します。

もうひとつ、ビクトリア女王時代の1848年に上下水道の整備やごみの自治体ごとの処理などの衛生環境確保制度としての公衆衛生法が成立しました。69年にはCOSと呼ばれる慈善団体が組織化されましたが、19世紀後半は戦争と革命と貧困との泥沼のような時代でした。それでもビクトリア女王の時代は大英帝国の世紀だったといえます。

英国の産業の多くは50年代から70年代の間に労働党政権により国有化が進みます。その結果、急激に国際競争力を失います。これを救ったのはサッチャー元首相です。新自由主義による構造改革は、一方では国民医療サービスの質の低下を招きます。医療の質の改善を政策化したのは新労働党のブレア首相です。医療の世界も振り子のようです。

すいません、ややこしいのですが、こんなことを勉強していた時期があり、救貧法が社会保障制度化の端緒になり、後の慈善事業時代、社会事業時代をへて福祉国家としての社会福祉事業が生成され、医療も変容されてきたのだといいたいだけです。

フィリップス殿下は昨年に99歳でご逝去されましたが、女王を支えられている御姿は今も記憶に残っています。最晩年に自動車事故を起こされ運転をやめられたことが、後期高齢者の自動車免許返上というムーブメントを世界に広めました。ケンブリッジ公ウイリアム王子ご一家は、確実に英国民の心をとらえていると思いますし、弟のヘンリー王子とメーガン妃は、王室の公務をしないようになっても世界中の週刊誌に話題を提供しています。

女王陛下の5年先のダイヤモンド・ジュベリー、10年先のオーク・ジュベリーまでお祝いさせていただければ光栄ですし、人生100年時代の象徴として君臨いただくことを希望します。

社会医療ニュースVol.48 No.563 2022年6月15日