組織がとてつもなく困難な状況においてトップはインテグリティを醸成せよ!!

米国の総合エネルギー会社エンロンは、デリバティブと呼ばれる金融商品から派生した取引などを駆使して革新的なビジネスモデルを確立し、一時は優良企業とみなされていましたが、2001年に巨額の粉飾決算やインサイダー取引が発覚し倒産。米国経済・金融界を揺るがしたエンロン事件と呼ばれ、当時、世界のビック5のひとつであったアーサー・アンダーセン会計事務所が「公務執行妨害」として有罪判決を受け、解散に追い込まれました。エンロンのCEOジェフリー・スキリングは、19年2月に釈放されるまで12年間服役したのです。

この事件を契機にコーポレートガバナンスが重視されるようになり、02年企業の不祥事に対する厳しい罰則を盛り込んだ企業改革法(SOX法)が導入されました。この法律は、上場企業に財務報告に係る内部統制の有効性を評価した「内部統制報告書」の作成や、公認会計士などによる内部統制監査を受けることなどを義務づけました。日本でも06年6月に金融商品取引法が成立し、新たな内部統制のルールが規定されました。これが「J-SOX(日本版SOX法)」で、08年度に開始する事業年度から適用されています。

「イノベーションのジレンマ」という経営理論を提唱し、20年1月に死去したクレイトン・クリステンセン教授は、『イノベーション・オブ・ライフ』という著書の冒頭で、優秀な同級生であったスキリングが服役中「なにかが彼の人生を大きく狂わせたことに衝撃を受けた」と書いています。ハーバード・ビジネススクールの最終講義でクリステンセン教授は、➀どうすれば成功するキャリアを歩めるだろう?②どうすれば伴侶や家族、親類、親しい友人たちとの関係を、ゆるぎない幸せのよりどころにできるだろう?③どうすれば誠実な人生を送り、犯罪者にならずにいられるんだろう?とMBAコースの皆様に問いかけたそうです。

ピーター・ドラッガーが、マネジャーとして最も重要な要素はインテグリティ(真摯さ・誠実さ)だと強調していますが、それを説明することは難しいものの、つぎのような人はインテグリティがかねそなわっていないと書いています。

「他者の強みは認めず、弱みに付け込む」「『何が正しいか』よりも『誰が正しいか』に着目する」「人格より頭脳を評価する」「有能な部下を恐れる」「自らの仕事に高い規準を定めない」。これらはドラッガーが指摘した項目の一部です。

マネジメント関連の本を読み進んでいると「犯罪者にならない」ことと、このインテグリティをどのように理解して説明すればよいのかと考えあぐねます。

◎トップマネジメントにはインテグリティが不可欠

パンデミックが続き、ウクライナでのプーチン戦争の影響で世界中がハイストレスの状況に陥って、ヒトの命も社会も経済も深く傷ついてしまいました。なんでもないコミュニュケーションが崩れ、通じなくなってしまい個人や組織がさらに傷ついているように思えるので、それを再構築する必要があるように思います。その基本は、人間間のリスペクトにあるのではないかなどということを書いたりしゃべったりしています。その反面、どのような状況においても、何とか誠実に真摯に生きようとする人々がいます。

現代社会では誰もが「犯罪者」になる可能性があります。残念なことに、誠実に真摯に生きようと考えている人は罪を犯さないという確証はありません。聖職者、政治家、公務員犯罪などを考えてみれば、犯罪とその人の人生に対する姿勢を関連させて証明できません。ただし、「犯罪者にならないように生きる」という姿勢は、犯罪を引き起こす可能性を低くするかもしれないのです。少なくとも商業の世界では、「知りながら害をなす行為は行わない」とか「いくら利益になるとしても正しくないことはしない」といった道徳観が世界中で重視されてきた歴史があります。もちろん手段を問わず利益追求する商人は、いつの時代にもいます。

経済も社会も悪い方向に向かい、組織も人も傷ついている時代には真摯や誠実、あるいは高潔などといった無形の姿勢が求められるように思います。特に、あらゆる組織のトップマネジメントには、インテグリティが不可欠だと思えてならないのです。

◎インテグリティとコンプライアンス

欧米企業や日本の企業の一部では、無形の「インテグリティ」を重要視する傾向があります。冒頭のエンロン事件以後、企業の法令順守という意味でコンプライアンス重視ということが強調されてきました。どう考えても「コンプライアンス」という言葉には、上から目線というか、強制が伴うというニュアンスがあります。一方、インテグリティには、強権的なイメージはなく、信念とか心構え行動指針みたいな、あくまでも内発的動機が前提です。この意味では、コンプライアンスは外発的で懲罰的要素があるように思えるのです。

粉飾決算やインサイダー取引から、贈収賄や各種ハラスメントまで企業や組織に対するコンプライアンスの要求水準は年々高くなっています。あらゆる組織のトップマネジメント層にはコンプライアンス重視とともに「正直さ・真摯さ・誠実さ・高潔さ」という姿勢が強く求められるようになってきているのではないでしょうか。

社会医療ニュースVol.48 No.562 2022年5月15日