リーダーシップに着目して世界を観ればその欠如が混乱を拡大している原因です

朱子学が苦手な人でも「天の時は地の利に如かず。地の利は人の和に如かず」という孟子の言葉をどこかで聴いたことがあると思います。「天の時、地の利、人の和」でもいいし「天地人」でもいいです。意味は「天(天候・運・世の中の流れ)による好機も、地(地形や場所の有意性・その土地の人心)の有利な条件にはおよばないし、地の有利な条件も人の和(協調・協力・信頼関係そして団結力)にはおよばない」という意味だと理解しています。

紀元前3百年ごろの中国戦国時代のことなので、戦いに負けないためにはどうすればよいのかという命題が前提になります。現代の「人の和」とは、協調・協力のために互いをリスペクトして、平和な世の中を実現するという解釈も可能です。人の和が確保できれば、つぎは地の利だし、世の中の流れによる好機(運・チャンス)が到来しなければ勝てるかどうかわからないのです。

かれこれ40年前に松下幸之助さんの「百人までは命令で動くかもしれないが、千人になれば頼みます、一万人にもなれば拝まなければ人は動かない」という言葉知りました。1万人以上の人を上手に動かすには、大変なパワーがいるのだということが肌感覚で理解できました。

当時、厚生省という6万人以上の大集団の一員となり、全体どころか一部局のことさえ正確に把握できません。1983年3月に臨時行政調査会の最終答申が公表され、国会では老人保健法案の3年越しの審議が進んでいました。世の中どこに進むのかがみえず、リーダーシップ関連書籍を読み漁っていました。

◎リーダーシップは研究論文になるか

当時の関心は、病院という組織を研究するにあたってリーダーシップを学術論文にするにはどのような方法論があるのかという点でした。そこには、テーマを社会科学の手法で解明するにはどうすればよいのかという誇大妄想的思考の落とし穴がありました。結果は惨敗でした。

論文の業績にはなりませんが、病院のマネジメントに関するプレゼンでは、リーダーシップにふれないわけにはいきません。そこで、学説紹介を中心に話してはみますが、体験値が低く、散々の評価でした。それ以降、今日まで年に数回リーダーシップのプレゼンを続けていますが、納得いただける内容に到達していません。

今では、学問なのかどうかより、リーダーシップは重要で、この観点から病院マネジメントを再考することでわかることは何かについて、細々私見を述べています。

病院の理事長や院長、社会福祉法人の理事長、医療関連企業や介護事業の経営者と話す機会が毎週ありますが、親しくなればなるほど「リーダーシップ」が悩みの種であることを強く感じます。

若くして経営のトップになるとガムシャラに進むか、細心の注意で恐る恐る進むか、周囲からの意見をよく聴いて深く考えながら方向を絶えず確認するしか方法がありません。ある程度成功し組織が大きくなった後のリーダーシップは困難をきわめます。特に、職員総数千人を超えると、リーダーシップが業務の中心になってきます。

最近では、傲慢なリーダーが敬遠される傾向が強く、なんでもハラスメントだと認定されてしまいますので、経営者は覚悟する必要がありますし、対応することが必要です。つまり、研究論文にならなくても、適切にリーダーシップに関するアドバイスができなければ仕事にならないのです。

◎リーダーシップでなにがわかるのか

着目しているのは、日本の組織文化に内在されているポジション・パワーの存在です。「親と上司は選べない」というのは日本のサーラリーマンの哀歌です。ここまで上司の指示に従順に従う国民性は、どことなく儒教とりわけ朱子学の残滓が日本型組織に残っているという仮説です。もしそうであるとすると、欧米流のリーダーシップの導入は、和魂洋才のようになり、どこかでハレーションを引き起こすケースが多発します。

その上「中庸が大切だ」などといっても理解されないのが国際社会で、あるいは自己主張にたけておりリーダーシップを発揮しないと評価を受けられない文化では、「嘘も方便」とか「裏と表がある」などということは通用しません。

こうなると欧米のリーダーシップを一通り紹介してから、日本社会では「不用意にリーダーシップを振り回さない」「不必要な時にリーダーシップを強調しない」方が良いが「有事にはリーダーシップの力が必要だ」という折衷案のようなプレゼンになり、参加者全員に伝わりません。

◎政治的で経営的なリーダーシップを

岸田政権の支持率が急落していますが、首相のリーダーシップは国外では高く評価されています。昨年5月19日からのG7広島サミットは大成功で、日本の国際的地位を向上することができました。今年4月10日、ホワイトハウスで実施された公式晩餐会でのスピーチは、ほれぼれするほどの格調の高さでした。翌11日午前の米国連邦議会上下両院合同会議における「未来に向けて-我々のグローバル・パートナーシップ-」と題する首相の演説は、日米外交史の輝かしい成果です。

世界中の政治リーダーが精彩を欠ける時代に、相対的に岸田文雄首相の評価は高く、外交面では屈指の歴代総理大臣だと思います。政治的リーダーシップでは、けん引力が評価され、経営的には組織の持続可能性が吟味されます。ただ有事の際は、構成メンバーを鼓舞して分厚い信頼と団結を勝ちとる必要があります。国民か職員かの違いだけです。経営の世界でも今、経営者のリーダーシップが注目されています。

パンデミックを体験した世界は、戦争の危機に瀕しています。分断より協調が必要なことは明白ですが、大衆迎合的な政治集団に民意が吸い寄せられ、どこの国の政党も目先の党利党略に躍起になっています。こういった状況は、強権独裁政治の登場の余地を作り出していると心配しています。

このようにリーダーシップに着目して世界を観れば、その欠如が混乱を拡大しているのではなかと考えられるのです。

社会医療ニュースVol.50 No.588 2024年7月15日