憧憬のドレスデン・ゼンパーオーパー
ゼンパーオーパーは、ドイツ・ザクセン州の州都ドレスデンにある州立歌劇場の愛称です。東ドイツ時代は国立の歌劇場で「ドレスデン国立歌劇場」と呼ばれましたが、現在はザクセン州立で、専属の管弦楽団は、シュターツカペレ・ドレスデンの名でコンサートや単独録音も行っています。
1838年から1841年にかけて、ザクセン王国の首都ドレスデンの旧市街にオペラ劇場(宮廷歌劇場)として、建築家ゴットフリート・ゼンパー(1803-79)の設計により建設されました。
この劇場ではリヒャルト・ワーグナーが1843年から6年間指揮者を務めており、《リエンツィ》《さまよえるオランダ人》《タンホイザー》の初演の地としても知られています。「ワーグナーの後継者でありモーツァルトの信奉者」と評価されるリヒャルト・シュトラウス(1864-1949)のオペラも大部分が当地で初演されており、ドイツ・オペラ生誕の地とされています。
1911年1月26日にシュトラウスの《ばらの騎士》が初演され、その人気はすさまじく、「ばらの騎士」と名の付いた列車がベルリンとドレスデンの間を走ったそうです。
ワーグナーの後継者として《サロメ》や《エレクトラ》で不動の地位を手に入れたリヒャルト・シュトラウスが、「モーツァルト風のオペラが書きたい」と創った《ばらの騎士》は18世紀、ウィーンでの貴族生活が舞台で、内省的な元帥夫人、その愛人である若い貴族のオクタヴィアン、元帥夫人の従兄弟の野蛮で好色なオックス男爵、裕福な商人の娘でオックスと政略結婚する予定のゾフィーの4人が登場するオペラで、明るく優雅で、そして魅惑的なアリアや重唱、そしてあまりに美しいワルツが奏でられます。
ばらの騎士とは、婚約の印として銀のバラを女性に届ける使者のことを意味します。紆余曲折があって、若きオクタヴィアンが、オックス男爵と政略結婚するゾフィーに銀のバラを届けに行きますが、なんと2人は恋に落ちてしまうのです。
好色なオックス男爵は、オクタヴィアンと決闘し、かすり傷だけで大騒ぎします。元帥夫人の若い燕であった若きオクタヴィアンとゾフィーの恋を夫人は認めます。さらに夫人は、これ以上の醜態をさらさないように男爵にゾフィーとの結婚をあきらめさせ、ハッピーエンドになります。
このオペラは、老若男女のそれぞれに魅惑的なテーマが隠れているように思います。カネと地位がある下品な中年男の若い娘への執着、年老いていくが若い男との逢瀬に命を燃やす貴族の婦人、カネのため家族のため中年男に嫁ぐことを承諾せざるをえない若い娘。そして傍若無人に育った若い貴族の男の子が真実の愛を知るというシチュエーションは、身近に感じることができるような気になります。
特に、高貴な熟女や白髪の紳士諸氏には、たまらなくシリアスで他人事ならば愉快なストーリーの展開と美しい音楽とアリアが存分に楽しめます。
1945年ゼンパーオーパーは、英米軍の無意味なドレスデン爆撃により大きな被害を受け、瓦礫の山となりました。77年から復興が始まり、85年に復興が完了し、90年、ドイツ再統一に伴い州立の歌劇場になったのです。
ドレスデンの大空襲は、ドイツを降伏させるためというかソ連軍の進軍速度を抑え込むためだったのではないかとか、日本への絨毯爆撃の米空軍戦略爆撃司令官と同一人物による「必要のない爆撃」だったのではないかという歴史家の批判があります。
ただ、ドレスデンの長年の復旧作業は、とてつもない執念で、瓦礫からピンセットで大理石を拾い集めたそうです。戦争は芸術の敵ですね。
社会医療ニュースVol.49 No.578 2023年9月15日