クリスマスはヘンゼルとグレーテル

レープクーヘンは、ナッツ類、オレンジピールやレモンピールなどの柑橘類の皮、蜂蜜・香辛料・チョコレートなどで風味付けした焼き菓子。正確にはケーキの一種だそうで、クリスマスに飾られるドイツを中心とした中央ヨーロッパの代表的菓子です。魔女の「お菓子の家」の壁といった方がわかりやすい?実際に家のかたちにしたものがお菓子屋さんのショーウインドーに並んでいて、それは「プフェッファークーヘンハウス」と呼ばれています。

魔女の「お菓子の家」といえばグリム童話の「ヘンゼルとグレーテル」ということになりますが、グリム兄弟が童話を書いたわけではなく、地方の民話を集めたものです。兄のヤーコプ・グリムは、どちらかというと大人の読者を想定していたようで、初版では残酷な描写が多かったのですが、弟のヴィルヘルムが少しずつ子ども向けに表現をやわらかくし、子ども向けの「メルヘン」というスタイルを生みだしたのだとモノの本には書いてあります。

「ヘンゼルとグレーテル」は、1812年に出版した『子供と家庭のメルヒェン集』初版に収録され、57年の決定版とも呼ばれる第7版までに、さまざまな付け加えや書き換えが行われています。93年12月23日にヴァイマル宮廷歌劇場でリヒャルト・シュトラウス指揮により初演されたエンゲルベルト・フンパーディンク(1854-1921年)の《ヘンゼルとグレーテル》は、ドイツのメルヒェンオペラの代名詞になっています。このオペラの台本は1845年に出版されたルートヴィヒ・ベヒシュタイン(1801-1860)の『ドイツメルヒェン』の中の話を底本にしているとのことです。

このベヒシュタインというドイツの作家の『ドイツメルヒェン』は、グリム兄弟のコレクションよりもさらに人気があり、民話のほかのロマンスや詩集も出版され、フランス語や英語そして日本語翻訳本が数多くあったことが確認できます。現在、邦訳本は全て絶版で大きな図書館で読むしか方法がありません。

フンパーディンクは、1879年にメンデルスゾーン基金を得てイタリアに行き、ナポリに滞在中の気難しいリヒャルト・ワーグナーに認められ、翌年バイロイトに招かれ《パルジファル》の上演を手伝ったそうです。それゆえ、フンパーディンクは「ワグナーの弟子」の1人とされていますが、彼の合唱曲や管弦楽曲そして今日では上演されることがない《いばら姫》《王子王女》《いやいやながらの結婚》などのメルヒェンオペラを多数作曲しています。

オペラ《ヘンゼルとグレーテル》の序曲はホルンの四重奏で始まります。幕開けのグレーテルの歌は「ズーゼちゃん、かわいいズーゼちゃん」という童話です。第2幕の「こだまの歌」や「眠りの精の歌」はまさにメルヒェンです。

全てが童謡あるいはドイツ民謡風ですが、オーケストラで奏でるハーモニーは丁寧で上品なもので、年齢に関係なく楽しめますし、あまりにも美しいと思います。

このオペラは、ドイツ中の歌劇場でクリスマスシーズンのレパートリーに4ないし5回登場しますので、クリスマスオペラの代名詞と呼ばれていますが、深い森、お菓子の家、レープクーヘン、眠りの精や露の精そして魔法使いがなければ話自体が成り立たないのではないかと思います。森に迷い込んだ子どもをお菓子にして食べている悪い魔女がいるといわれると、森のそばに住んでいる子どもたちは、「森に入ると危ない」「でも森の精や眠りの精などの妖精に会いたい」「魔法使いがいるならみてみたい」と思うのが自然なのかもしれませんね。

社会医療ニュースVol.49 No.579 2023年10月15日