リングのブリュンヒルデは大役なのだ

呪われた指輪!恐ろしい指輪!
お前の黄金を手にして、これから手放そうとしている。
水底の賢い娘たちよ、ラインの泳ぎ上手な乙女たちよ、実のある助言をありがとう。
あなた方が熱望していた物をあげましょう。
私が焼けた灰の中から取っていくがいい。
私を焼く炎が指輪を呪いから清めてくれるよう!

リヒャルト・ワーグナーの『ニーベンルングの指輪』第3日《神々の黄昏》第3幕第3場「ブリュンヒルデの自己犠牲」の場面で愛馬グラーネとともに炎の中に飛び込んでいく前の歌詞です。

舞台祝祭劇《ニーベルングの指環》は序夜《ラインの黄金》、第1日《ワルキューレ》、第2日《ジークフリート》、第3日《神々の黄昏》からなる4日間15時間の超大作である。《ラインの黄金》と《ワルキューレ》の2日間が終わると、翌日は休みで、その翌日が《ジークフリート》そして1日休んで《神々の黄昏》ということになります。

これまでの体験では第2日と第3日の間に1日休みがある場合もありましたが、4夜連続ということはないようです。多分ソプラノのブリュンヒルデが長時間連夜歌うことが無理なのでしょう。《神々の黄昏》では、ブリュンヒルデが主役で、この物語の成否を決定する大役なのです。

神様であるヴォータンは指輪の呪いがかかった神々の運命を変えようと人間の女性にジークムントとジークリンデを産ませます。別れ別れに育った兄妹ですが、ジークムントは偶然出会ったジークリンデと恋に落ち、彼は彼女の夫フンディングと決闘します。ジークムントを勝たせたかったヴォータンでしたが妻フリッカの非難を受け入れ、ジークムントを殺すべくワレキューレの中で最愛の娘ブリュンヒルデを遣わします。しかし彼女は父の命令に逆らうのです。

怒ったヴォータンは燃えさかる炎に包まれる岩山にブリュンヒルデを眠らせ、彼女の眠りを最初に覚まさせた男を彼女の夫とするよう宣告します。

第2日《ジークフリート》で彼女の眠りを覚まさせるのはジークムントとジークリンデの息子ジークフリートなのです。よーく考えてみると神様であるヴォータンは、あまりにも身勝手で傲慢で欲深く好色家ということになります。それだけが原因なのではありませんが、神の国は燃えてなくなってしますのです。

このワーグナーの物語ですが、どことなくロードオブザリングに似ています。この映画の原作は、ジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン(1892-1973)です。彼は、イギリスの文献学者で『ホビットの冒険』や『指輪物語』の著者として有名です。

ロードオブザリングがワーグナーの『ニーベンルングの指輪』を参考したかどうかは現在まで不明です。『指輪物語』の原作者トールキンは元々言語学者で、北欧神話の研究でもよく知られた人で、特に北欧神話を元にした古英語叙事詩の研究が『指輪物語』の世界観に決定的な影響を与えているらしいのです。

ワーグナーもまた北欧神話を題材とし、その世界観をほぼそのまま使っています。ですからこの2つの作品は同じルーツから生まれものだということができるでしょう。ただワーグナーは、作者不明の中世ドイツの英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』を参考に創作したことはよく知られています。

マリアカラスが生誕百年を迎える今年になって、彼女が20代に歌った「ブリュンヒルデの自己犠牲」のドイツ語音源をみつけて驚きました。ワーグナー作品をイタリア語で歌ったものは知っていました。世紀のディーヴァでもブリュンヒルデは難しいです。

社会医療ニュースVol.49 No.580 2023年11月15日