野外オペラは真夏の夜の輝きの夢

北半球のオペラ劇場は、7月と8月はお休みというのが当たり前です。この間各地で音楽祭が開かれるのは、指揮者も歌手も楽団員もバカンスを楽しみながら仕事しているのではないかと思います。

アレーナ・ディ・ヴェローナは、イタリアのヴェローナにある古代ローマ時代の円形闘技場で、夏期のオペラ公演が行われています。1913年にジュゼッペ・ヴェルディ生誕100年を記念して《アイーダ》が公演されたそうです。以後、戦争による1915‐18年と40‐45年の休止期を除き、世界最大規模のオペラ会場として利用されているのです。

2015年8月19日にゼフィレッリ演出、新星アンドレア・バッティストーニ指揮の《アイーダ》を観ました。雨が降りそうで開演できるかヤキモキし、遅れて始まり雨の影響で中断もありましたが、なんとか全曲聞くことができました。このヴェルディのオペラは、ファラオ時代のエジプトとエチオピア戦争で引裂かれたエチオピア女王アイーダとエジプト軍司令官ラダメスの悲恋を描いた人気の高いオペラのひとつです。第2幕第2場での「凱旋行進曲」はファンファーレ・トランペットいう独自のトランペットで演奏され、日本ではサッカーの応援歌として有名です。

圧巻は、ラダメス率いるエジプト軍の凱旋の場面で、舞台上に300人以上の人が登場していたことです。オペラ演出家のフランコ・ゼッフィレッリは、イタリア・フィレンツェ出身の映画監督で脚本家、そして政治家でもある著名人で、2019年6月に逝去されましたが、彼の演出は映画を超えるリアルな大スペクタクルだと思います。

ローマの夏の風物詩といえば、コロッセオとチルコ・マッシモの近くにある、古代ローマ時代の遺跡の中にステージを組み、見事な技術の舞台装置と舞台照明で彩られる野外オペラではないかと思います。ローマの「カラカラテルメ」は、ローマ帝国の第22代皇帝カラカラ(本名:マルクス・アウレリウス・セウェルス・アントニヌス)が建設した公衆浴場で、「テルメ」はラテン語由良の浴場を意味するそうです。

ここで2017年8月4日にジョルディ・ベルナセル指揮、アルゼンチン出身の女性演出家ヴァレンティーナ・カラスコ演出の《カルメン》を楽しみました。古代にワープしたかのような錯覚を生み出すカラカラ浴場は、巨大な石のモニュメントの林を歩いているような感覚になります。夜の帳が下り月あかりと星がちりばめられるまで、大人数の観客は待ちわびます。

ジョルジュ・ビゼーが作曲した《カルメン》は、スペインを舞台とした4幕ものフランス語によるメロディのない台詞でつないでいくオペラ・コミック様式で書かれたオペラだったようです。1875年3月3日、パリのオペラ=コミック座で初演されたものの不評です。その後のウィーン公演では、そのために台詞をレチタティーヴォに改めたグランド・オペラ版への改作が依頼されたそうです。この契約を受けたビゼーは、静養中の6月4日に心臓発作を起こして急死してしまうのです。世界で最も人気があるであろう彼のオペラが、野外ステージで演奏されているとは夢にも思っていなかったでしょう。

自由奔放なカルメンと、どこまでも煮え切らないドン・ホセの物語は、カラカラ浴場との相性がはじめの内はどうだかわかりませんでした。第3幕の密輸の見張りをするドン・ホセを、婚約者ミカエラが説得しているシーンから、花形闘牛士エスカミーリョもやってきて、ドン・ホセと決闘になる場面では、野外オペラの醍醐味を満喫できました。

真夏の夜の野外オペラは一瞬の輝きを放つ夢のようです。

社会医療ニュースVol.50 No.589 2024年8月15日