METの《リゴレット》は一生もの
新型コロナウイルス感染症が2類に指定され行動制限が余儀なくされていた長い時間、愛読した本があります。『ドナルド・キーンのオペラへようこそ!わが人生の歓び』(文藝春秋)です。
日本文学研究者として日本の文学を多数海外に紹介し、文化勲章を受章した著名人が、大のオペラファンだったことをご存じでしたか。
「メトロポリタン歌劇場は“わたしの歌劇場”です。第二の家といってもいいでしょう。何度行っても、シャンデリアの明かりを見ると、いつも特別な気持ちがこみ上げてきます」と書いてあるところを何度も読み返し、このパンデミックが収まったらニューヨークにいき「METでオペラだ」と呪文のように唱えてきました。
1夜だけですがMETで《リゴレット》を体験できました。ニューヨークは3度目ですが、前回は四半世紀前で911以前です。何もかもが変り果て浦島太郎のような感覚でしたが、「METライブビューイング」を毎年日本の映画館で何回か観ていたので、心地よく迎い入れてもらえました。
女心は気まぐれ
風に舞う羽根のように
言葉は変わり、思いも同じ
いつもかわいらしいく美しい顔
でもね、涙も笑顔もつくりもの
いつもみじめなのは
女に心を許してしまう奴
うかつにも女を信じてしまう
なんと軽率な奴なんだけど
女の胸で幸せを感じられないのは
この世の愛を味わえない奴なんだ
お気軽なマントヴァ公爵の身勝手なテノールは、実は「歌うのが難しい役のひとつだ」そうで、このアリアを完璧に歌いこなすことができないと「世界のテノールの仲間入りは望めない」らしいのです。
確かに美しいテノールがなければバリトンのリゴレット、そして娘のジルダのソプラノが輝きを放たないのかもしれないともいえそうです。そこがジュゼッペ・ヴェルディの悲痛な傑作なのだと思います。
ハワイ出身のバリトン歌手クイン・カマカナラニ・ケルシーが、他人を皮肉り笑いものにすることにたけている宮廷お抱えの道化師の孤独と父性愛の巧みな演技をみせてくれました。フロリダ州生まれのソプラノ歌手のナディーン・シエッラはリゴレットの娘ジルダをまぶしいほどの美声で演じ、フィラデルフィア生まれのテノール歌手のスティーヴン・ジョン・コステロはマントヴァ公爵を見事に演じました。これまでバラバラに来日している3人の組み合わせは、現時点では最高の《リゴレット》なのではないかと思います。
貴族の殺し屋を引き受けることになるバスのスパラフチーレには、ワシントン生まれのソロモン・ハワードがギャングの仁義みたいな雰囲気を醸し出し好演でした。最近の売れっ子オペラ歌手の中でアメリカ生まれが増えているように思いますが、これも世界のMET効果なのかもしれません。
それでもヴェルディのオペラのマエストロはイタリア人が数多く活躍しています。指揮台に立ったピエール・ジョルジョ・モランディは、かつてスカラ座にいた数年の間に、リッカルド・ムーティ、続いてジュゼッペ・パターネのアシスタント指揮者となり「そこで様式的なイタリアのレパートリーを洗練させ、イタリア・オペラの伝統のあらゆるコツを掴む多くの経験」を重ねたそうです。
バートレット・シェールの前シーズンからの新演出は、回り舞台を最大限に活用しストーリー展開をリズミカルに、そして幕間時間の短縮化を可能にしています。大道具も照明も衣装もすべて洗練され、ヨーロッパ諸国のオペラとは一味違う雰囲気を堪能です。
METの《リゴレット》との一夜の体験は、浦島太郎の一生ものになりました。
社会医療ニュースVol.50 No.592 2024年11月15日