官能に惑わされるタンホイザーの葛藤
ドイツの中央部を東西にゲーテ街道があります。文豪ゲーテの生地フランクフルトから終焉の地であるヴァイマルを経由し、学生時代を過ごした街ライプツィヒにいたる全長約400kmの街道なのです。その中間のテューリンゲン地方に観光都市アイゼナハは、大作曲家J・S・バッハの生地であり、マルティン・ルターが新約聖書のドイツ語翻訳を行ったヴァルトブルク城があります。
13世紀初頭、山上に位置するヴァルトブルク城の「歌人の広間」でミンネジンガー(吟遊詩人)による歌合戦が行われたとされ、リヒャルト・ヴァーグナーの≪タンホイザーとヴァルトブルクの歌合戦≫の舞台となりました。
吟遊詩人である騎士タンホイザーは、エリーザベトと純愛で結ばれていたのですが、ふとしたことから官能の愛を望むようになり、愛欲を司る異教の女神ヴェーヌスが棲んでいるという洞窟の中の異界ヴェーヌスベルクに行き、そこで肉欲の世界に溺れていた、という設定からこの物語は始まります。
快楽の日々を送っていたタンホイザーは、飽きて帰りたいのですが、ヴェーヌスは妖艶に引き止めます。彼が「聖母マリア」の名を口にした瞬間、ヴェーヌスベルクから放り出されるのです。脱出した先はヴァルトブルク城近くの谷で、近くを通るローマ巡礼団の祈りの歌声が聞こえ、彼も神に祈りを捧げます。そこに領主ヘルマンや親友のヴォルフラムをはじめとする騎士たちが通りかかりどうしていたのだと尋ねますが、タンホイザーは「遠くに行っていた」と曖昧に答えます。皆から城に戻るようにいわれたものの、官能の世界に溺れた罪の重さを自覚する彼は一旦辞退しますが、「エリーザベトが帰りをずっと待っている」という説得を受け入れます。
ヴァルトブルク城へと戻ったタンホイザーは、エリーザベトと再会を果たし、お互いに喜び合います。その日はちょうど歌合戦が開かれる日で、歌の課題は「愛の本質について」です。
ヴォルフラムや他の騎士達が女性に対する奉仕的な愛を歌うのに対し、タンホイザーは自由で官能的な愛を主張して観衆の反感を買い、ついには「ヴェーヌス讃歌」を歌います。これに激怒した騎士たちがタンホイザーに詰め寄りますが、エリーザベトは彼をかばい領主に彼の罪を悔い改めさせるようにと願いますが、結局、彼を追放処分とし、ローマに巡礼に行き教皇の赦しがえられれば戻ってきてよいということになります。
タンホイザーが旅立ってから月日がすぎ、エリーザベトは、彼が赦しをえて戻ってくるようにと毎日祈り続けます。そこにローマから巡礼団が戻ってくるものの彼の姿がないので、自らの死をもってタンホイザーの赦しを得ようと決意します。見かねたヴォルフラムは説得しますが、彼女は去っていきます。
その場に一人残って物思いに沈むヴォルフラムの前に、ぼろぼろの風体のタンホイザーが現れローマにいき教皇に赦しを乞うたが「罪が重すぎる」と彼を赦さず、「この木杖が二度と緑に芽吹くことがないのと同じく、お前は永遠に救済されない」と破門を宣告されたことを話します。
絶望のあまり自暴自棄となったタンホイザーは、再びヴェーヌスベルクに戻ろうとします。ヴォルフラムは懸命に引きとめます。そこへエリーザベトの葬列が現れ、彼女が自分の命と引き換えに彼の赦しを神に乞うたことをヴォルフラムが話すと、彼はエリーザベトの亡骸に寄り添う形で息を引き取ります。ちょうどそこへローマからの行列が緑に芽吹く教皇の杖を掲げて到着して幕です。
この葛藤劇は奥深いです。
社会医療ニュースVol.51 No.595 2025年2月15日