日本の病床数が多いから医療費が高いわけではなくICUなどの整備が必要だ

日本の人口当たり病院病床数は世界で最多であり、今後の人口減少社会を考えれば病院病床は削減の方向で検討した方がいいと、思い込んでいる人がいたら、自信をもって手を挙げて欲しい。

各国のコロナウイルス感染症対策で医療崩壊した国が続出し、病床が不足し入院が必要な高齢者などに対し死のトリアージが実施されたことはほぼ間違いない。スペイン、イタリア、フランスの報道では、重症急性増悪した感染症患者のうち主に高齢者が病院に入院できないという事実が起きた。幸いにも日本を含むアジア文化圏では、そのようなことは起きなかったし、注意深く観察すると今年に入ってから医療崩壊していない国のほうが多いこともわかる。

良く引用されるのはOECDの37か国保健統計資料であるが、調べれば調べるほどよくわからなくなるし、国も違えば医療の在り方も医療保障制度にも差があるのに、単純な病院病床数の比較に何の意味があるのかよくわからない。島国日本の国際比較研究は、多くの場合ためにする議論に引っ張り出されるので、よほど注意深く数字を吟味しないと危険極まりない。

特に、医療や福祉に関するデータで、世界の平均とか、先進国間の比較ではといったたぐいの議論は、ほとんど信じるに値しないことが多いし、実際に何度も騙されて苦い思いもしたので、わたしは強弁しないように注意しているつもりだ。

病床数が不足かどうかは、入院医療が必要だと医療専門家が判断した場合でも、入院できないという状態なのかどうかだと思うが、わが国では、少なくとも70年代まで入院医療の需要に対して供給不足が解消されないという状況があった。80年代になると、都市部では医療需給関係は均衡し、それでも無医村だとか救急医療体制が確保できていないという批判が展開されてきた。日本の病院病床数が過剰なのではないかということについては、実は90年代後半からの議論にすぎない。

◎人口千人当たり病院病床数の比較だけではわからない

OECD各国の人口千人当たり病床数が比較できるのは、現時点でも18年のデータである。確かに日本は13.0で最高、つぎが韓国12.4、ドイツ8.0で3位、オーストリア、ハンガリー、リトアニア、ポーランドが6.0以上で、OECD平均は4.5である。逆に、最も少ないのはメキシコの1.0であり、低い順にコロンビア、スウェーデン、ニュージーランド、イギリス、アメリカ2.9の順である。だが、日本以外の国は精神科病床を含んでいないので日本は千人当たり10程度であると考えられるが、それでも病床数は多い。アメリカの病床数は全米病院協会加盟の病床数だけであったりするため、日本の常識(世界の非常識の場合が多い)でOECD各国と比較することは危険だ。

このデータは、急性期、リハビリテーション、長期療養病床、その他に区分されているため、急性期とリハビリテーション病床のみの比較も可能となっている。それらをみるとドイツと日本がほぼ同数の8床で、フランスが5床前後、イタリアなどは約3床となっている。欧州だけをみるとドイツはほかの国の平均の2倍以上で、日本の療養病床と精神科病床を計算に入れなければ日本とほぼ同じという結果になるのだ。

OECD各国はこの20年間必死で病床数削減に努力してきた。例えば、88年のスウェーデンは13床強あったが、急激な病床削減政策を展開し08年には3床弱にまでにした。統一ドイツは91年10床だった病床を、その後20年かけて旧東ドイツの病院を立て替えて病床削減したらしい。逆の見方をすれば、この20年間、日本では病院病床の削減という強烈な医療政策が進められなかったといえなくもない、と秘かに思っている。

◎人口10万対ICU病床数を比較するとみえてくること

なぜ、ドイツは医療崩壊しなかったのかという疑問がある方にお伝えしたいのは、ドイツの病院病床は日本と同じ程度確保できていたからだと胸を張りたいところだが、それだけではないことは明らかなので、やめておくことにする。ただ、人口10万対ICUの病床数は、アメリカ34.7床、ドイツ29.2床、イタリア、フランス韓国が11床前後、スペインが10床弱で、日本は7.3床であることだけは、はっきりしているので、このことをどのように考えるのかは別としてICUの世界標準などなく、アメリカとドイツのICUと医療水準はすごいということだけはいいたい。その世界最高水準のアメリカ医療でさえ、感染爆発で20万人を超える死者をだしていることに真剣に向かい合うことが必要だと思う。

医療水準の比較検討もせず医療費適正化とか医療費削減策ばかりというか、カネのことしか理解できない一部の官僚と一部のマスコミは、パンデミック下の医療崩壊に対して、どのような対応が可能なのか考えたことがあるのだろうか?日本はファクターXが機能し、最前線の医療従事者の貢献により、ぎりぎりの線で医療崩壊を阻止できたようであるが、集中治療を行える特殊病床の確保が進まず、間一髪の状況に押し込まれていたではないか。

少なくとも、日本のICUのベッド数は、少なくても2倍程度あっても良いと思う。その結果、ICU病床利用率が50%程度まで低下してもだ、といいたい。

社会医療ニュースVol.46 No.543 2020年10月15日