男性達が権利としての育児休業を完全に取得する社会規範を築こう

79年から14年までの35年間、中華人民共和国の「一人っ子政策」強権を発動して人口増加を抑制しました。15年から21年までは「二人っ子政策」そして21年5月末には中国共産党が3人目の出生を認めたという報道がありました。

バースコントロールという言葉は、アメリカの看護師で文筆家、そして産児制限の活動家であるマーガレット・サンガーが1914年に提唱したものです。今日では、各種の科学的知見が積み重なれてセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と生殖に関する権利)として世界に普及しています。

日本では加藤シズエの活動が有名です。今から100年前にニューヨークの低所得者アパートからバラード・スクールに通学。貧民街で産児調節運動を進めていたサンガー夫人と出会い、これが契機となり、日本で34年に「産児制限相談所」を開設しましたが、「産めよ増やせよ」の当時の官憲に取り締まりの対象になってしまいます。戦後のGHQの占領政策では、産児制限の必要性を認め、産児制限運動を奨励しました。46年の衆院選で日本社会党から立候補し、最高得票数で当選した日本初の女性衆議院議員です。

もう半世紀前になりますが上智大学大学院のわたしの指導教授は元関東軍の軍医で戦後は国立公衆衛生院の人口学部長をおつとめになり、定年後上智大学においでになった久保秀史博士です。世界の人口学、統計学、遺伝学、戦前の優生学、断種、産児制限、母子保健、無痛分娩法、児童福祉制度の現状分析の方法論、児童の健全育成のイロハからご指導いただきました。いかにサンガー夫人や加藤シズエ先生が素晴らしい社会貢献をされたかについては、何度もお話しいただきました。

個人的なことですいません、久保先生は何度も「中国に一人っ子政策は必ず失敗する」と断言されていましたし、「人口学的政策は民主主義国家では成功しない」と指摘されていました。

昔話で申し訳ありませんが、このような教育を受けたせいかも知れませんが、「少子化対策」という言葉にどことなくレジストしてしまいます。少子化で高齢化しますし、少子化で高齢人口比率は高くなりますが、単なる経済的支援を強化すれば出生数が急激に増加するとは考えられませんし、全てが経済至上主義で解決できるわけではありません。

◎合計特殊出生率は既婚女性達が出産する子の数ではないのです

久しぶりに都道府県別合計特殊出生率の推移をみて考え込んでしまいます。厚労省のHPには次のように書いてあります。

合計特殊出生率は「15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの」で、次の2つの種類があり、一人の女性がその年齢別出生率で一生の間に生むとしたときの子どもの数に相当する。A「期間」合計特殊出生率:ある期間(1年間)の出生状況に着目したもので、その年における各年齢(15~49歳)の女性の出生率を合計したもの。女性人口の年齢構成の違いを除いた「その年の出生率」であり、年次比較、国際比較、地域比較に用いられている。B「コーホート」合計特殊出生率:ある世代の出生状況に着目したもので、同一世代生まれ(コーホート)の女性の各年齢(15~49歳)の出生率を過去から積み上げたもの。

つまり「一人の女性が一生の間に生む子どもの数」はBのコーホート合計特殊出生率で、初婚同士の夫婦が最終的にもつ子どもの数ということでは、現在でも1.9人程度を保っています。昨年の出生数が前年比5.1%減の77万人前後となる見通だと伝えられてから、「少子化対策」が注目されましたが、16年以降、出生数は年率3.5%減のペースで減少してきています。少子化ペースの加速は、20年から21年にかけて、婚姻数が急減したことが要因と考えることもできるのです。もしそうならば「少子化」よりも「結婚しやすい社会の実現」が政策目標なのではないかと、わたしは考えています。だから、少子化対策ではなく、家族支援政策なのではないかといいたいわけです。

正確に物事の意味や数字の重みを確かめないと、問題を見誤りますし、対策も見当違いになり、何も成果を生むことができないということになりかねません。現実問題として、今、子育てをしている人々への支援が最優先されるべきではないでしょうか。

◎育児の負担を喜びに育児休暇は夫婦とも

国立社会保障・人口問題研究所がパンデミック中の21年に実施した出生動向基本調査によれば、若い世代で「一生結婚するつもりはない」との考えの広がりが認められ、23年以降は、再び婚姻数が低下するのではないかと懸念されています。「子ども持つかどうか」その前に「結婚するかどうか」は個人の選択ですし、同じように「離婚することも」も自由ですが子どもへの虐待は犯罪です。

ライシャワー日本研究所所長のメアリー・C・ブリストン教授は「仕事の構造や文化をつうじて強化されてきた社会規範が原因で、日本の若い世代は、充実した職業生活と家庭生活を築くうえで手足を縛られており、男性も女性も社会や経済に十分に貢献できずにいる」(池村千春訳『縛られる日本人』中公新書2715.8頁)と指摘。

「日本では女性の育児休業取得率が81.6%に達しているのに対し男性は12.7%にとどまっている」が、「男性が育児休業を取得するのが当たり前だという社会規範を築け」というのが教授の主な主張です。なるほど一理あります。

個人の考え方や意思は最大限尊重されますが、職業生活と家庭生活そして文化生活を豊かに楽しく過ごすことができれば幸福です。結婚するかどうかは人それぞれですが、人は独りぼっちでは辛いですから、生涯人との出会いを繰り広げます。そう考えてみれば「男性達が権利としての育児休業を完全に取得する社会規範を築く」のも有効かもしれません。みんながとるようになれば「育休中か」というのが普通になります。「結婚もいいか」と思えるような社会を創ってください。

そして「育児の負担を喜びに」なんて世の中が来て欲しいです。

社会医療ニュースVol.49 No.571 2023年2月15日