診療所の高廃業率に注目してみると地域医療の基盤は万全でないと思う
どこまでがパンデミックの影響なのかは分かりませんが、この2ないし3年間を観察してみると、日本の診療所の内8000施設以上が廃止や休止に追い込まれている事実に改めて驚きます。年率7%以上の廃止・休止率ということになります。この比率が高いか低いかは比較の問題だと思います。30年前の93年の廃止・休止は4035施設、翌94年が2652施設、95年が3072施設で、廃止・休止率は4.8%、3.1%、3.5%となります。これが20年10月からの12カ月で8095施設、7.8%までに増加したことに関して注意深く観察する必要があります。
新たに創業された企業の内、「10年後に生き残っているものは4分の1程度、30年生き残れる企業は5000社に1社」などといわれてきましたが、実際には1年以内に廃業する個人事業主も多く、診療所と比較するわけにもいきません。「診療所さんは診療報酬で収益が確保できるので、これまで開業は比較的容易です」とは不動産業種の人々の常識のようですが、誰でも成功するわけではないと思います。ただし「1年以内に廃業した」という話を聴いたことがありませんし、逆に「創業してから30年以上経過した」というケースもそれほど多くありません。
診療所を開設しようとする医師の年齢は「早くて40代、遅くて50代」などという人もいますが、45歳で創業し医師1人で医業を進めるとすれば30年後に75歳で廃止です。もしこれをモデルと考えると、創業から医師1人で診療を続け、30年以内に後継者がいなければ廃止するというが普通なのかもしれませんね。もちろん「28歳で地元に帰り開業、地域医療のため50年間経過した」という医師も、「49歳で開業、71歳で廃止」というケースもありますが、開業のための初期投資が多く、営業期間が短いといえるかもしれません。
◎診療所事業継承のリスク回避と困難
サラリーマン化が顕著な日本の人口当たり創業率(起業率)は比較的低く、「起業はリスクが高い」と考えられている文化なのだと思います。今の80歳以上の医師と話すと「医学部卒業後10年以内に開業するのが当たり前だった」「国立大学医学部は月謝がタダ同然で、地元医療に貢献するのが当然だ」という時代だったらしい。「インター闘争後から変化した」「昭和期までは良かったが平成以降は医療費の話ばかりになった」「国公立が主という時代から私立大学中心の地域医療に変わったように思う」など、時代や人それぞれなのかもしれません。
診療所開設者で60歳以上医師の関心事は「後継者」問題である場合が多いようです。「子どもが帰ってこない」といいますが、その子どもは「診療所を引き継ぎたくない」「勤務医の方が楽だ」「親の苦労を知っているので開業医はヤダ」「専門性が高い部署で働いているので、なんでも診療なんかできない」「とても無理だと思う」とはっきりしている場合が少なくありません。つまり、診療所事業継承のリスク回避志向が強く、現状の家庭生活や職業生活を比較してみると経済的魅力も低く、地域住民との複雑な人間関係を円滑に構築することを困難であると判断しているのかもしれません。
では、診療所事業継承のリスクをなるべく回避し各種の困難を克服すれば、後継者は増えると思うかといわれれば、まったく自信がありません。せいぜい「お気の毒に、ご子息・ご息女の自由です」としか返事できません。ただし、このようなことを「地域医療の確保」という観点から考えると、実子が診療所を継承するケースは一定数確保できても、それ以上に事業継承者にならない実子の方が増加するかもしれません。また、医師の実子が医師になるかどうかもわからないし、親が医師以外の多くの医師が診療所の事業を継承する仕組みを強固に構築することが求められているのかもしれません。
◎診療所は廃業を前提に事業計画案を立案する
「事業継承に関する相談がある」といわれることがあります。大した役には立たないのですが、廃業に関わる専門的な相談は「弁護士や公認会計士」にお願いするにしても、相談の趣旨はどうも「どのように決断するか」ということの方が多いと思います。『貞観政要』を持ち出すまでもなく、「創業と守成とはいずれが難しい」と問われれば、「創業より経営継続の方がはるかに難しいです」としか答えようがないのですが、わたしは「事業継続よりは事業のクロージングの方が遥かに難しい」と独語しています。
日本の診療所は、世界の診療所と比較すると重装備だといえると思います。骨塩定量測定20.8%、上部消化管内視鏡検査14.2%、大腸内視鏡検査6.3%、各種CT5.9%、MRI2.3%、これが20年9月の一般診療所の検査等の実施状況です。アメリカやヨーロッパのドクターズ・オフィスに大型の検査機器が並んでいることはめったにありません。海外で「日本のクリニックにはマルチスライスCT16列以上が4000台あります」などと発言すれば、その場は騒然となるはずです。医療に限っていえば「日本の常識は、世界の非常識」なのかもしれません。
日本で診療所を開設するには多額の資金投資が必要で、多くの診療所では医療機器に関する投下費用の回収に10年以上の歳月が必要です。その上、10年間隔で医療機器を更新しなければならないので、まさに自転車操業状態が継続します。
今の日本は、なにごとにも右肩下がりの経済状態です。このような状況下で「診療所の廃業を前提に長期事業計画案を立案してみましょう」などというと、多くの場合無視されます。
創業については「開業を決断後の相談」、廃止については「廃止すること自体の相談」となりますが、絶対成功する長期事業計画立案は作成できませんし、資金の余裕がない突然の廃業は困難を極めます。
これまで幸なことに医療は、一部で供給過剰はあっても、ライフラインとして必要だと認識され、診療所を開設すれば、なんとか経営できると考えられてきました。しかし、この先、安易に開設しても一定の患者さんが確保できない時代が到来することを想定せざるをえませんよね。
社会医療ニュースVol.49 No.572 2023年3月15日