全米医療従事者のストライキが世界中にアピールしていることを理解できるのか
10月4日、ワシントンからロイター・ワールドは「米医療業界で大規模スト、看護師ら7.5万人が増員や賃上げ要求」と報道しました。
「米医療保険ネットワーク運営大手カイザー・パーマネントの施設で働く医療従事者約7万5000人が4日、人手不足解消や賃上げなどを求めて3日間のストライキを開始した。医療セクターのストとしては過去最大規模」
「カリフォルニアやオレゴン、ワシントン、コロラド、バージニア各州と首都ワシントンの病院や医療施設の看護師、医療技術者、支援スタッフらがストを決行したが、カイザーによると、医師や管理職、臨時職員などを充当して病院と救命救急部門の運営は続けられている」
「スト参加者が所属する労組の連合は、カイザーが長らく人員のひっ迫に有効な対策を講じなかったため、現場の人々が十分な休養が取れず、働きに見合った報酬もらえられずに、患者ケアに支障がでていると訴えている」
カイザー・パーマネント(以下KMとします)は、全米最大のHMO(健康維持機構)です。22年の時点で、1220万人の健康保険組合員メンバー、216,776人の従業員、63,847人の看護師、39の病院を中心とした医療センター、724の医療施設があります。
2010年6月10日、ミネソタ州で看護師ストライキが決行され、「看護師のストライキとしてアメリカ史上最大規模だ」と報道されたことが記憶にありますが、私にとってそれ以来のビック・ニュースです。
23年1月10日、NYのマンハッタンで7千人規模のナースのストライキも報道されました。この時は、「今後3年間で19%の賃上げ」ということで終結したようです。
断片的情報では、KM経営側は、向う4年間で12.5%―16%の賃上げを組合側に提示したようですが、KM労働組合側は、3年間で25%以上の賃上げと、職員不足の解消、ワークライフ・バランスへの一層の配慮を要求したようです。
◎根深いパンデミックの体験と物価高の悪影響
全米では映画・テレビ・ホテル・自動車産業の労働組合で、37万5千人規模のストライキが行われ、民主党のバイデン大統領もストライキを容認しているという報道があった直後のニュースなので、いくつもの報道を調べてみました。
「人手不足」「物価高」「処遇改善」などが賃上げの理由なのは理解できます。テレビ映像では「私たちはパンデミックを乗り越えてきた。疲れ切っている」と話しているナースらしい人の映像がありました。
CNBCの記者がKM労組のキャロライン・ルーカス事務局長へのインタビューで、人員配置の危機が安全でない労働条件と患者のケアの悪化につながっていることを強調した上で、つぎのように付け加えました。
「私たちは、バーンアウトを最大限に引き伸ばされ、業界を去る最前線の医療従事者を抱え続けています」「仕事中にケガをしている人がいます。彼らはやりすぎたり、あまりにも多くの人をみたり、仕事をしたりしすぎています。それは持続可能な状況ではありません」
この言葉からKM労組の目的が「患者はスタッフの増員が必要だ」ということがよくわかります。ストライキは、インフレと労働力不足が賃金、福利厚生、人員配置をめぐる労使の対立から、今年に組織化されたばかりの労働者による最初の集団行動であったことを理解する必要があります。
全米の救命救急病院は、原則として、入院が必要だと認められた患者を断れば、多額の制裁金を支払うことになります。実際には、重篤な状態にある感染症患者を受け入れないことはできないと考えた方が良いと思います。それゆえ、病院のエマージェンシー部門は、救急車で運ばれてくる患者に勤務シフトを組んで対応しています。
全米の病院がパンデミックに誠心誠意対応している姿が報道され、多くの地域住民が病院スタッフに食事の差し入れをはじめ数多くのプレゼントをしました。「エッセンシャル・ワーカー」という言葉が世界中で流行したのです。パンデミックによる病死者が激減すると、病院スタッフも落ち着きを取り戻しましたが、積もり積もった疲労あるいはバーンアウトから解放されないままだったのです。
世の中が平常に機能するようになった矢先に、急激なインフレが巻き起こります。病院スタッフのサラリーは上昇しませんし、生活は確実に厳しいものになったのです。必死にパンデミックと戦った日々は「一体何だったんだろうか?」という感情が芽生えたことを誰も否定することはできません。
想像の範囲でしかありませんが、今回のKM労働組合のストライキの陰に病院スタッフの根深いパンデミック体験があることは確実で、同情を禁じえません。
◎全米ナースの年収は円換算すると高年収
アメリカ労働統計局が22年3月31日に発表した〈Occupational Employment and Wage Statistics(職業別雇用・賃金統計)〉のデータをみると、2021年5月時点で全米平均のレジスタードナースの平均年収は$89,0101で、上位25%は、$101,100、下位25%は$66,680だということはわかりますが、専門別地域別病院経営主体別に大きな差があり、平均値だけみてもよくわかりません。
平均年収が最も高いレジスタードナースは、カリフォルニア州の$102,700です。第2位がハワイ州の$96,990、ワシントンDCの$90,110、マサチューセッツ州の$89,330、オレゴン州の$88,770の順になります。
地域別では、サンフランシスコ$139,700、サリナス$129,940、サンノゼ$129,140、サンタクルーズ$124,470だそうです。これらはあくまでレジスタードナースの場合です。
ちなみに公立国立私立病院のナース職種の全米平均は、$73,650になります。ナース・プラクティショナーの平均年収は、$124,680で、上位25%は$135,470、下位25%は$103,250です。
全米の病院全ナースの平均が$73,650は、ドルを146円で換算しても1千万円を超えていることを、しっかり理解することが重要です。
◎このストライキを日本ではどのように理解したらいい
このストライキを対岸の火事だと考えることはできません。内向きな日本の世論は、ノーベル賞受賞者のこともイスラエルとガザ地区のハマスの戦争のことも無関心のようですが、病院職員の窮状を理解して欲しいのです。日本でこのようなことは起きない、とはいえないと思うのです。
社会医療ニュースVol.49 No.579 2023年10月15日