アルツハイマー治療薬承認される
2023年9月25日、エーザイ株式会社とバイオジェン・インク(本社:米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)は「レケンビ®点滴静注」(一般名:レカネマブ)について、日本においてアルツハイマー病治療薬として製造販売承認を取得した、と公表しました。
効能・効果は「ADによる軽度認知障害(MCI)および軽度の認知症の進行抑制」で、10mg/kgを2週間に1回、約1時間かけて点滴静注するそうです。
「レケンビ」の有効性については、早期AD患者を対象とした国際第Ⅲ相臨床試験Clarity ADにおいて、2週間に1回の投与で18カ月後の臨床的認知症重症度判定尺度(CDR-SB)悪化がプラセボ群と比べ27%有意に抑制されたことが示されているとのことです。また、「レケンビ」投与群で最も多かった有害事象(10%以上)についても公表されていますので、HPで是非確認してみてください。
なお、この薬は、脳内にアミロイドβが確認された認知症発生前後の患者が対象で、すでに認知症の症状が発生してしまった人への適応はなく、認知症患者さんの2%程度が対象になるかもしれないということです。
◎アルツハイマー克服
『アルツハイマー克服』は、ノンフィクション作家の下山進さんのKADOKAWAから2021年1月に発売された本です。23年8月、この本に「レカネマブ開発秘話」が加筆され文庫本化されたものが「角川文庫23773」です。薬に関する科学論文は、正確に理解するのにかなりの努力が必要で、理解不能なことが多すぎます。この本は、私には分かりやすくとても魅力的です。
一般名「レカネマブ」が承認されるまでの道のりは過酷です。2012年に脳内のアミロイドβを標的薬のフェーズ2に入った会社が世界でふたつあったそうです。バイオジェン社の「アデュカヌマブ」とエーザイ社の「レカネマブ」です。この年の8月「パピネッマブ」の開発をしてきたエランという会社が消滅、世界12位の売上高医薬品会社イーライリリー・アンド・カンパニーが「ソラネズマブ」のフェーズ3治験を中止しました。
2021年6月「アデュカヌマブ」はアメリカ食品医薬品局(FDA)の「条件付き承認」を受けることになり大きなニュースになりましたが、僅か半年後には「承認見送り」が決定されました。その上、高齢者障碍者医療保険メディケアが保険の対象としないことを決定してしまいます。
◎ADへの恐怖と新薬情報
このような悪戦苦闘な開発状況で「レカネマブ」が承認されたことは快挙だと思います。個人的な関心として私自身かなりの確率でアルツハイマー認知症を発症すると覚悟していますので、近い将来、アミロイドPET検査を自費で受けようとしています。実母が10年以上アルツハイマーで、多くの方々にご尽力いただいた記憶は、厳然たる恐怖以外の何物でもありません。
幸い「産医連携拠点による新たな認知症の創薬標的創出(EKID)」の『認知症対策としての研究開発状況に関する調査(研究代表三浦公嗣)』のメンバーに加わせていただいています。新薬開発最新情報については、研究班会議で東京大学病院「早期・探査開発推進室」の新美芳樹先生から定期的に貴重な情報をいただいていることから、アルツハイマー病(AD)に関する情報に興味があります。
三浦班では「認知症とともに生きる人々の政策課題(中間報告)」を昨年2月にまとめました。何冊か手持ちの報告書がありますので、興味があればご連絡ください。来年3月リスボンで2024 Alzheimer’s & Parkinson’s Diseases Conferenceが開催されますが、多分「レケンビ」に関する演題が多数あるのではないかと、楽しみにしています。
繰り返しますが、認知症の治療薬が開発されたわけではなく、ごく初期に発見されたアルツハイマー病の進行を遅らせることができる薬が承認されたということにすぎません。「アルツハイマー克服」といわれると山の頂上に到達したように錯覚しますが、実際には1合目に到達したということです。それでも快挙で、喜ばしいことです。
◎非薬物療法への関心と期待
2025年には日本国内で認知症ととともに生きる人は65歳以上の5人に1人になると推計されています。神経細胞は一般的に再生しないと考えられていますので、病気の進行に伴って失われた機能までを回復させることは現在では困難です。それゆえ、広範な各種認知症ケアは今後とも重要です。認知症ケアにおいてもっとも重視されるべき概念は「年齢や健康状態にかかわらず、すべての人々に価値があることを認め尊重し1人ひとりの個性に応じた取り組みを行い、認知症をもつ人の視点を重視し人間関係の重要性を強調したケア」(Person-Centered Care)であり、認知症の有無に関わらず医療・介護サービスを必要とするすべての人々に対応すること、つまりユニバーサル化を進めていくことが重要です。
薬物治療でアルツハイマー病が完全に克服できる状態ではない以上、今後とも粘り強く認知症ととともに生きる人々に対する非薬物療法の開発および普及が課題となっています。認知症ケアにおいては、まずは「接し方」よって反応がまったく変わること、認知症の周辺症状と呼ばれる行動についての改善は可能であることが理解されています。
極端な言い方かもしれませんが「薬で直らない認知症は社会を変えないと対応不能」なのではないかと考え込んでしまうことがあります。都立松沢病院の元院長であった斎藤正彦先生の『アルツハイマー病になった母がみた世界―こと全て叶うこととはおもわねど』(岩波書店2022)を読むと、私は母にもっと寄り添うことができたのかもしれないし、しっかり向き合い丁寧にケアすることもできたのではないかという「慙愧の至り」という感情から自由になれません。
親孝行したいときには
親はなし
石に布団は着せられず
社会医療ニュースVol.49 No.579 2023年10月15日