来年度中に4%の賃上げを達成するためには病院経営は各稼働率向上を達成するしかない

11月2日、岸田総理は、総理大臣官邸で記者会見を行いました。

「足元における最大の課題は、賃上げが物価上昇に追いついていないということです。この背景には、余裕のある一部の大企業は賃上げができても、多くの中小・零細企業では、まだまだ賃上げをする余裕がないという事情があります。デフレから完全に脱却し、賃上げや投資が伸びる、拡大好循環を実現するためには一定の経過期間が必要です」

2段階の施策を用意しました。

「第1段階の施策は、年内から年明けに直ちに取り組む、緊急的な生活支援対策です。具体的には、生活に苦しんでいる世帯に対し、既に取り組んでいる1世帯3万円に加え、1世帯7万円をできる限り迅速に追加支給することで、1世帯当たり10万円の給付を行います」。

「第2段階の施策は、来春から来夏にかけて取り組む、本格的な所得向上対策です。まず、来年の春闘に向けて、経済界に対して、私が先頭に立って、今年を上回る水準の賃上げを働きかけます。同時に、労働者の7割は中小企業で働いています。このため、年末の税制改正で、赤字法人が多い中小企業や医療法人なども活用できるよう、賃上げ税制を拡充するとともに、価格転嫁対策の強化など取引適正化をより一層進めるなどにより、中小企業の賃上げを全力で応援します」

経済対策が「世帯単位」で行われること、めずらしく「医療法人」に言及したことが、新鮮でした。減税や社会保険料減免措置でなく世帯単位の生活支援策は、政党間で各種議論がありましたが、減税や社会保険料減免措置はできないという結論に達したのでしょう。ただ「世帯単位」だと単身世帯が優遇されることになります。児童手当との兼ね合いがありますが、扶養家族の多い世帯は不利です。対象が世帯なのか個人なのかということは、社会政策の根幹にかかわる大問題です。

賃上げ税制を拡充するのはありがたいことです。「価格転嫁対策の強化など取引適正化をより一層進める」のも大歓迎です。それでも、価格転嫁できない診療報酬介護報酬は大幅に引き上げる方針は示されないままなわけです。

「私が先頭に立って、今年を上回る水準の賃上げを働きかけます」ということは今年を上回る4%台の賃上げということを意味しているのではないかと想定します。首相の新しい資本主義は、理解できませんが、所得と資産を倍増させようとしていることはよく分かります。

1960年の池田勇人首相の「国民所得倍増計画」の名称を彷彿させます。池田首相は、10年間で、GNPを2倍にするために大胆に化学工業や社会資本整備に邁進しました。今の首相官邸には「社会資本整備」という政策目標があるのかないのかがわかりません。だれが考えても病院や社会福祉施設は社会資本です。最優先すべきなのはDXへの大規模投資と社会資本整備なのではないでしょうか。

◎4%の賃上げをするは最低3%の利益向上策

病院経営の窮状は地域住民にも政治の世界でも、理解されているとは思えません。まず、今年度、医業利益から医業費用を差し引いた医業利益が計上できていない病院は、日本の全ての病院の70%を超えるのではないかと予想しています。理由はあります。感染症患者が入院する病床を確保するため行政は多額の空床手当を支払いましたが、9月以降は廃止同様になりました。日本の全ての病院を合計すると外来患者も入院患者も10%前後減少しました、

平成3年実施の第23回医療経済実態調査報告の全ての一般病院の給与費は56.8%,

委託費が6.7%でした。10月10日に「医業利益赤字病院の割合67.2%から74.2%に7.0ポイント増加した」ことを明らかにした日本病院会、全日本病院協会及び日本医療法人協会の3団体の「2023年度病院経営定期調査概要版-中間報告(集計結果)」での病院の人件費52.3%、委託費は7.4%です。

委託費の中心は医療事務、給食業者、検査業者、警備業者への支払いですが、病院が委託するのは委託した方が、病院が雇用する人件費より安いからにほかなりません。したがって、賃上げの議論をする場合は、人件費と委託費の合計金額に着目する必要があります。このように考えると、医療収益の60%程度を4%引き上げるのですから、最低でも医業収益を2.4%改善するしかない限り4%賃上げは実現できません。

病院の電気代が高騰し光熱水道費が増加しています。人口減少社会でインフレ、高金利、賃上げの嵐が来ることは確実ですので、来年度の医療収益増加目標は3%以下では4%の賃上げは無理と考えます。

◎病床利用率の向上が無理なら職員1人当たりの稼働率向上

病院経営の古典的手法は、患者さんの獲得です。近年の狡猾な診療報酬体系では、手間のかかる重症患者以外の患者の入院報酬を低くしていますので、無理に平均在院日数を引き延ばそうと画策すると、入院単価が低下します。実際に、病床利用率90%以上あれば経常利益を計上できる可能性がありますが、85%を切れば経営危機で、75%以下では絶望的です。病院経営には、かなり高度な経営専門能力が必要ですが、マネジメント層の優秀な人材が確保できず病院の経営改善は至難の業です。

もし、どうしても病床利用率が向上できないのであれば、職員1人当たりの稼働率を向上させるしかないことになります。医師も看護師も医療安全に最大限に確保し、医師や看護師にしかできない業務に集中するべきです。特に、院内の会議時間や記録作成の大幅な削減から始め効率的な業務遂行のために病院DXは不可欠です。

多くのリハビリテーション職員については、診療報酬が20分単位に算定されますので、勤務時間内で取得単位数を向上させる必要があります。薬剤、放射線、検査部門も同様です。増加している事務部門は、コストセンターからプロフィットセンターに転換する決意が必要です。

病院は今、来年度4%の人件費向上をパーパスに、あらゆる部門の業務見直が求められているのです。

社会医療ニュースVol.49 No.580 2023年11月15日