職員の賃上げは達成しなければならないが診療報酬の大幅改定はできないでいる政局

来年度の診療報酬・介護報酬改定議論が、抜き差しならぬ状況に陥っています。

11月24日、厚労省は中央社会保険医療協議会の調査実施小委員会に、診療報酬改定の基礎資料となる「第24回医療経済実態調査(医療機関等調査)」の結果を報告しました。一般診療所全体における22年度の医業・介護の損益差額は、個人・医療法人ともに21年度と比べて差額が若干拡大。病院全体では、22年度の損失額が21年度と比べて広がっています。保険薬局の経営状況は、総じて堅調と判断できる数値です。

27日医療保険支払側6団体(健保連・国保中央会・全国健康保険協会・全日本海員組合・経団連・連合)は、賃金・物価の動向を考慮しつつも、医療保険制度の持続可能性への懸念や、国民負担の状況、診療所と病院の経営状況の違い、職種別の給与水準の格差などを総合的に勘案すべきだとの姿勢を表明。「患者の負担増・保険料の上昇に直結する安易な診療報酬の引き上げを行う環境にはない」という趣旨の要請書を、厚労省に提出したのです。

サービス提供者側は、反論し、職員の賃上げのためにも報酬引き上げが必要だという論陣を張っています。この問題は、参議院予算委員会でも活発に議論はされましたが、岸田政権からは玉虫色の回答しかなく、年末の予算編成までもつれ込むことになります。

まったく同じデータをみても議論がかみ合わない要因は、病院の経営状態をどのように判断するかということだと思います。一般診療所・歯科診療所・保険薬局の経営が「総じて堅調」とする論拠は21年度と22年度の数値比較の結果でしかありませんが、確かに報酬を引き上げる緊急性はないと判断されているのでしょう。

◎病院の経営状況は堅調などではない

一般病院全体の損益率は、22年度▲6.9%(21年度▲5.5%)で、1ポイント以上悪化しています。「従業員向け功労金職員功労金」を除いた感染症補助金を含めると、1.6%(3.7%)という数値になります。設立主体別でも、損益状況は、いずれも悪化しています。

医療法人の病院は▲0.5%(▲0.6%)、国立は▲9.7%(▲8.4%)、公立は▲20.5%(▲20.0%)、公的は▲5.6%(▲3.1%)、その他は▲1.6%(▲0.5%)で、前述の補助金を含めると、医療法人で3.3%(4.2%)、国立3.1%(10.5%)、公立▲7.7%(▲4.7%)、公的4.4%(8.2%)、その他4.0%(5.6%)です。

特定機能病院、精神病院、小規模病院などの損益率は悪化しています。判断が難しいのは「感染症補助金」です。数字だけみれば国立と公的病院に多額の補助金が投入され、医療法人も補助金を受けることで、なんとか損失を補填することができていたという事実です。ただし、23年度補助金は、後期にはほとんどなくなり、損益率は急激に悪化することが判断できますし、24年度には利益を計上できる病院は少数にとどまるのではないかと容易に予想できます。

つまり、医療保険支払側は実際の損益率の変化を数字で確認し「総じて堅調」と判断して診療報酬を引き上げる必要はないと主張し、病院側は24年度以降補助金がなくなるので報酬を引き上げない限り賃上げの原資はないと要求していることになります。

◎どちらも正論なので堅調なところを削減

報酬改定は、支払側とサービス提供側の主張が対立し、深刻な利害対立が巻き起こるものですが、最終的には政権の政治的判断の結果です。細部の利害調整を担当する厚労省は、少しでも余裕がありそうな部分から、緊急に引き上げない限りサービスが維持できないであろう部分に報酬を調整し、改定率が上昇しない最大限の努力を強いられています。大幅な改定率は期待できませんので、削減可能な項目の洗い出し作業が進められているはずです。

公定料金である診療報酬改定時には、多様な議論が可能ですし、利害衝突が先鋭化せざるをえません。しかし、何が正論で、何が正しいかという論争ではなく、誰もが少しずつ譲歩するしかありません。

診療報酬の改定率を1%以上にすることになれば、どこかから新しい財源を調達するしかありません。具体的には、保険料引き上げか、患者負担増加か、新たな公費の投入ということになります。保険料引き上げは高額所得者に向けられることになりますが、限界があります。患者負担増は、政権支持率の急激な低下という代償を覚悟しないかぎり達成できません。新たな公費投入には、増税制約やプライマリーバランスなどの財政規律の確保を観点から、抵抗が生じます

「新しい資本主義」を基盤政策とする岸田政権では、インフレ以上の賃上げをすることで消費を拡大し、経済成長を促すことを目的にしています。報酬改定によりサービス提供者の賃上げを実現することになれば、診療報酬引き下げはできず引き上げざるをえないことは自明です。

◎内閣支持率低下傾向で総選挙もできない政局

このように状況を判断するとすれば、どのような主張も正論なので、結局、堅調なところを削減し、あまり目立たないであろう負担増施策を導入せざるをえないということになります。このようなステルス負担増施策は、保険料負担上限の紹介状を持参しない病院外来患者の負担増など、いくつでも考えられるはずです。

急激な物価高や円安傾向を背景に内閣支持率低下傾向で、総選挙に打って出る政局ではありません。それでも、この国の社会保障を国民連帯で確保する覚悟が必要であるとの観点からの論争は重要です。質の高い医療・介護サービスの提供を確保することが政治の責任です。

社会医療ニュースVol.49 No.581 2023年12月15日