共生社会の実現を推進するための認知症基本法を旗頭に皆でその実現に努力する
2023年6月14日に成立した『共生社会の実現を推進するための認知症基本法』は、1月1日に施行されました。急速な高齢化の進展に伴い認知症の人が増加している現状等をしっかり踏まえて、認知症の予防等を推進しながら、認知症の人が尊厳を保持しつつ社会の一員として尊重される社会(=共生社会)の実現を図ることを目的とした法律の誕生は、貴重な出来事として歓迎します。
今後は、内閣総理大臣を本部長とする認知症施策推進本部が具体的な「認知症施策推進基本計画」の作成などを進めることになっています。2025年には高齢者の5人に1人が認知症とともに生きることになり、ご本人ばかりではなく家族や地域、経済や社会にも大きな影響を与えることになります。使用される薬剤費やその他の医療介護費用といういわゆる直接的経費ばかりではなく、働き盛りの人々が介護のために離職することによる経済的社会的費用を計算に入れるとすれば、膨大な額になることは明らかです。
政府は、9月26日以降、基本法の施行に先立ち、「認知症と向き合う『幸齢社会』実現会議」を開催し、法が目指す共生社会、すなわち、認知症の人を含め、全ての人が相互に人格と個性を尊重しつつ、支え合いながら共生する活力ある社会の実現に向け、安心して歳を重ねられる幸齢社会の実現に向けて、身寄りのない高齢者を含めた身元保証等の生活上の課題に対する取り組みを検討しました。
年末に開催された第4回会議では、「とりまとめ」が行われました。その中で「認知症とともに希望を持って生きるという『新しい認知症観』や認知症基本法の理解促進、認知症の本人の姿と声を通じて『新しい認知症観』を伝えていくことが確認されたことは重要です。また、地域ぐるみで支え合う体制の一環として「若年性認知症の人等の社会参加や就労の機会の確保」「早期かつ継続的に意思決定支援を行える環境整備」「本人、家族の声を聴きながら認知症バリアフリーを進め、幅広い業種の企業が経営戦略の一環として取り組む」「認知症の本人の意向を十分に尊重した保健医療・福祉サービス等につながる施策や相談体制の整備等」について、明確に確認されたのです。
◎PERSON CENTRED CARE Tom Kit woodの強い思い
1998年に61歳で亡くなられたキットウッド博士は、「“倫理”はそれだけでも動機を与えるものですが、うまく仕事を行うための実用的な洞察や技能にかけてしまいます」「一方で、“倫理”のない“社会心理学”は、しばしば、活力や方向性を欠いた知識を算出してしまうのです。それは人と交流しないエリートの特性のように、学術的興味が何よりも優先してしまうようなものです。“倫理”と“社会心理学”がともにもちいられ、実践的研究にこれらの価値観が堂々と組み込まれて始めて、パーソン・センタード・アプローチとなるのです」(Sue Benson,稲谷ふみ枝訳「パーソン・センタード・ケア―認知症・個別ケアの創造的アプローチ」クリエイツかもがわ,2005,14頁)と書きました。
かつて、これを読んで「人間中心のケア」とか「人間関係の重要性を強調したケア」といってみたところで「思い」と「理屈」を十分理解した上での「実践ケアでなければ」ダメなんだ、と衝撃を受けたのを思い出します。多分、この20年間でパーソン・センタード・ケアという考え方、あるいは方法論は、認知症ケアの原則として、多くの人々に支持されてきたのだと思うのです。
共生社会の基本は「利己」から「利他」への転換だと思います。認知症の68%程度がアルツハイマー病と分類され、75歳から79歳では10%前後、80歳から84歳までで20%強、85歳以上89歳までだと男性で35%台、女性は48%台の有病率だとすれば、これはかなりの高率で、他人ごとでは済まされないことは明らかです。逃げられないかもしれない現実には抗えないわけですから、家族や地域でスクラムを組んで共生社会を創造するしか方法はないという現実を、正確に理解する必要があると思います。
◎国立療養所菊地病院室伏君士院長チーム
1977年4月に開院した国立療養所菊地病院(現:独立行政法人国立病院機構菊池病院)は「老人精神病棟」を新設しスタートしました。その後7年半、「老人にそった」「理にかなったケア」を築くことを課題に、その成果をまとめたものが室伏君士編「痴呆老人の理解とケア」(金剛出版,1985)です。この本は、わが国の認知症社会史の金字塔であり、本核的認知症ケア研究の嚆矢として、末永く記憶されるべき業績だと思います。菊地病院の現場をはじめて映画にしたのが、羽田澄子監督の岩波映画「痴呆老人の介護」です。この作品は芸術選奨文部大臣賞を受賞しました。すでに43年前の作品です。
映画を観てからすぐだったように思いますが、私は菊池病院にお邪魔して老人精神病院の中に入れてもらい座っていました。室伏院長は「職員もみんな座っているから、歩き回る人は少ない」と教えてくれました。当時、徘徊(最近では:歩き回る)老人には、回廊式廊下が良いとかの主張もありましたが、職員が落ち着いているので皆様笑顔でした。
「ローマは一日にして成らず」といいますが、世界最速の超高齢社会に生きる私たちは歴史に残る「共生社会」を建設しましょう。
社会医療ニュースVol.50 No.582 2024年1月15日