診療・介護・障害サービスの報酬同時改定分が賃上げに充当されても人手不足は解決しない?

診療報酬改定・本体の0.88%増。コメディカルなどの賃上げに0.61%、入院時の食費の見直しに0.06%。残る0.21%のほか、効率化・適正化で捻出する0.25%を合わせた0.46%について、若手医師の賃上げや、リネンなどの物価高騰に活用するとしています。

介護報酬改定・1.59%増。介護職員の処遇改善として0.98%を上乗せし、2.04%相当の改定となり賃上げが実現できる見通しだとしています。このほかICT機器導入を加算で評価、介護の外国人材要件緩和(就労直後から算定可能)、介護職員の賃上げ、口腔・栄養・リハビリテーションの一体的取り組みが推進されます。

障害福祉サービス報酬・1.12%増。ベースアップは、24年度に2.5%(月7500円)、25年度に2.0%(月6千円)をめざすとともに、病院や施設から地域のグループホームなどに暮らしの場を移す「地域移行」も重点的に支援。虐待防止などへの対応も強化することになりました。

大枠は決定されましたが、細部については今後とも修正される可能性が高く6年ぶりの同時改定は山場を越えたことになります。半年以上にわたった報酬改定作業にかかわった多くの人々の努力に敬意を表します。

これまでの報酬改定と同様に改定率や改定方針の大枠について議論を蒸し返しても手遅れですので、正確に改定内容の全体把握に取り組んでいます。この原稿を書いている時点では診療報酬の具体的点数が分かりません。それゆえ、病院経営にどの程度影響するのかとか、人材獲得がどのように変化するのかについては、正確にはわかりません。

◎ベースアップが焦点だがシミュレーションは疑問

岸田文雄首相は2月1日の参院本会議で、医療・介護・障害福祉分野の従事者の賃上げについて、「加算措置部分の報告徴収を含めたフォローアップの仕組みをしっかりと整備するなど、実効性を高め、確実な賃上げにつなげていく」と述べました。「物価高に負けない賃上げを実現するため、加算措置を含め、(各報酬で)必要な水準の改定率を決定した」と説明。1月19日には、医療・介護・障害福祉分野の24団体に対して具体的なベースアップの水準を示し、積極的に賃上げに取り組んでもらうよう「私から直接、要請を行った」と強調しました。

医療・介護・福祉職員の賃上げに重大な関心が示されること自体は喜ばしいことですが、同時改定の焦点がベースアップに集中し、その他の課題について十分検討ができなかったのではないかと心配になります。厚労省の担当者が作成したであろう各種シミュレーション結果は、現状で考えられる範囲での秀作だと感じます。しかし、改定後の最長3年間に実体経済がどのように変化するのかどうかは、よくわかりません。まず、年度ごとのベースアップ金額を積算し、その数字に根拠を持たせるための前提条件を定め、賃上げ金額を報酬改定の個別報酬に落とし込むわけですから、まさに神業です。

今年の春闘交渉では、「3%以上、4%台を目指す」という運動方針が各種労働組合から示されていますし、企業側も「優秀な人材獲得競争に負けないよう大幅賃上げを準備している」という姿勢を示しています。その結果は、予測の範囲でしかありません。もし、現在、来年度の賃上げ率を予想しようとして「わからない」としか答えられません。

◎賃上げは人材流出対策で人材獲得策にはならない

病院や介護施設の経営者と話し合っていますが、基本的な経営感覚として「現時点での2ないし3%程度の賃上げでは、新たな人材獲得策にはつながらないが、もし賃上げしなければ人財流出が起きて経営できなくなる危機感が強い」といったことになるのです。

世の中、医療や介護の人材だけが不足しているわけではありません。まず、大都市以外では、県庁所在地でもタクシー運転手が3分の1減少しています。中小零細企業の全てで同時多発的に人手不足が深刻なうえに、医療や介護分野から他の分野に移動する人々が少なくないのが現状です。多分、2%以上の賃上げができない組織から、3%以上賃上げする組織に移動するということが起きるのでしょう。逆に、3%賃上げすれば新規応募者が増加するという確証はないのです。

新たな報酬改定を目の前にしているのにネガティブなことを書いて申し訳ありません。しかし、前号でも指摘しましたように病院経営は冬の時代から極寒の時代へ進まないようにするのに精いっぱいです。介護報酬で経営される特別養護老人ホームは抜本的に経営改善しないと生き残れません。特に、老人保健施設は施設数自体が減少するという局面を迎えようとしています。

在宅介護を支える訪問介護事業は、事業者の減少と訪問介護員の減少傾向が顕著になりつつあります。介護経営以前に人が確保できていません。それでも診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス費の改定は必要不可欠です。3年ごとの介護報酬や障害福祉サービス費の改定は、経済的な激変に柔軟に対応できる体制を確保することも必要ですし、報酬改定で賃上げを支援し続けて欲しい。

人材吸引力を高める努力は必要ですが、ベースアップ率までを読み込んだ報酬改定は、人手不足の解決策になるというより離職防止策だといいたいのです。

社会医療ニュースVol.50 No.583 2024年2月15日