行動変容が起きると医療市場が変わるが医療は市場原理だけで説明できないのだ
緊急事態宣言の再発出をいつにするのかということで今年も幕を開けたものの有効な治療薬もワクチンもない状態では、多人数での会食は自粛、飲み会など厳禁という暮らしが続くことになります。会食も宴会もなく旅行に行くこともなく、仕事に必要な最低限の外出を繰り返してみると、意外なことに生活習慣病が改善する感じがします。出張ばかりで飛び回っていることがやりがいで、それが生きがいと思い込んでいたのかもしれませんが、運動量は少なくなってもどこかが痛いとか睡眠不足ということもなく元気になったような気がします。圧倒的に飲酒量は少なくなり、3度の食事を定時に適量摂取することが習慣になったことで、血圧も血糖値も完全にコントロールできています。
いつもながらの私事で恐縮ですが、生活習慣が変化すると生活習慣病は改善するということを体験できたということと、さんざん医師や管理栄養士さんに指導していただいた行動変容が社会的強制により達成されたのではないかといいたいのです。6か月に1度の外来受診と3か月に1度のオンライン再診でなんら不便もありません。受診に要する時間もお金も軽減できますし、医師からの指示は完全に履行できているように思います。何も無理に受診抑制しているわけではありませんが、一切無理しないためか体調は順調でケガするようなことは何もしませんので安全な生活といえるのかもしれません。もしこんなことが多くの人々にも起きていると仮定すると、医療機関への受診は回数的にも質的にも大きく変化しているのではないかと、思います。
◎受診行動が変化することで医療の需給関係が変化する
「病院の外来患者さんが5%程度少なくなった」「生活習慣病患者さんへの処方は3か月投与がほとんどになった」「うちのクリニックの患者さんは10%減なんだ」などとZoomで話して合っていますが、ひょっとしたら全国の傾向なのかもしれないと思うことがあります。別に診療側の医師が受診制限しているわけでもないし、患者サイドが受診を積極的に控えているというデータもありませんが、病院側からは「診療所の先生方からの紹介患者さんが激減している」という悲痛な叫びも聞きます。もしかすると、自粛要請でみんな病気やケガをしなくなったんだとすると医療サービスへの需要がある程度縮小しているのではないかと判断せざるをえないのかもしれないと思います。今の状態がノーマルなんだと考えると元に戻ることはないのかもしれませんし、どう考えても65歳以上の人口10万人対外来受療率は千人以下になるのではないかと判断しています。ちなみに、この数字ですが、25年前は千四百人以上でしたので、すでに3割減少しています。これまで世界一医師にかかりやすく受診好きな国民性は約10年前にお隣の韓国に抜かれはしたものの、OECDの年間一人当たりの受診回数だけを比較してみると12回程度で、ドイツが約10回、フランス約6回、米国4回と比べると、どう考えても医師好きの国民性なのか医療への近接性が著しく高いのか、それとも医療へのアクセスビリティが国民皆保険で確保できている、と考えることができます。ただ今後の人口減少時代に65歳以上人口の年間外来回数は減少傾向が顕著になるものの、外来の1回あたり医療費は増加する傾向になると思います。つまり、医療の需給関係が今後とも変化するということを大前提に考える必要があるといえます。
◎医療サービスを市場原理で全て説明できないのだ
医療の需給関係を10年単位で比較検討してみると、様変わりしてきたことがよくわかります。ある薬や治療方法が開発され、医療的な処置が在宅で可能になることによって医療需給関係は様変わりします。今回のCOVID-19は医療の需給関係を直接間接に激変させました。何が正確なのかよくわかりませんが、医療危機、医療崩壊、医療逼迫などという言葉がマスコミを通じて独り歩きし、どうも「医療の需給関係が均衡していない」という事実が浮き彫りになってきているとしか思えません。需給関係は不足か過剰か均衡かの3択でしかありませんが、医療サービスを区分してみると不足な部分と過剰な部分があって全体として観てもよくわからない場合が少なくありません。そもそもといってしまってはウソになりますが、医療需要自体を正確に把握できているのかどうか大いに議論が可能ですし、医療の供給を地域別にみると量的なものはどうにか測定可能でも質的な供給を正確に把握することは難しいことです。それにもかかわらず経済学を根拠に研究したり考えたりすることを専門にしている人々の多くは、医療に関する需要と供給を自明の前提としているのではないか?あるいは産業区分の一種としている医療サービスも市場原理が、貫徹していると考えているのではないか?と思います。確かにそうかもしれませんが、医療サービスは不足だと不安になり過剰であれば安心するという感情があると思えてなりません。つまり、医療を市場原理で説明されること自体に無理というか、限界があるように思えてなりません。医療経済学を軽視しているわけではありませんが、このような単純な疑問に対して、納得できる説明は見当たりません。
社会医療ニュース Vol.47 No.546 2021年1月15日