貧者の安定は富者の安全であるという原理それが社会保障制度の基盤を形成している

4月28日、バイデン大統領の施政方針演説を聴きました。つぎのような言葉がメッセージとして記憶に残ります。

「ウォール街がこの国をつくったのではなく、中間層がこの国を築いたのだ」「アメリカの企業や1%の富裕層にも公平な負担をしてもらう時が来た。富を築くことではなく、労働に報いる形にする」といっていました。

もし、日本の為政者が「この国は兜町がつくったのではなく、多くの国民の労働によって復興され、富裕層には相応の税負担を課しています」と演説しても誰も取り合わないのではないかと思います。NGO「オックスファム・インターナショナル」は、3年半前のレポートで「2017年に世界で1年間に生み出されたと富(保有資産の増加分)のうち82%を、世界の上位1%が独占している」ことを明らかにしました。また、今年1月には「地球上で最も裕福な1000人はパンデミックでの損失をわずか9カ月以内に取り戻したが、世界の最貧困層が立ち直るには10年余りかかる恐れがある」とリポートしたのです。

大雑把ですがこの10年間だけをみると、米国NYダウ工業株30種類平均株価と日経平均株価は約2倍になりました。世界的な感染拡大で株価は低迷し、生活困窮者が増大、所得格差も増大し、社会は分断したのにかかわらず、富裕層は一時的な損失を短期間に取り戻し、株価高騰で資産を山済みしているのです。

米国は今後、教育、育児、医療に約2百兆円の財政出動を行う計画だそうですが、日本と比べても脆弱な社会保障を強化することは、社会的分断を緩和し、所得格差の改善につながることが期待されているのだと思います。日本の社会保障制度にはいくつかの課題がありますが、批判を恐れずに断言すれば中福祉中負担ながら制度体系としては強硬で体系的なのではないかと思います。特に、近年すすめられた全世代型社会保障政策での子育て支援施策は、パンデミックの大混乱を僅かながら防ぐ効果があったように思います。

今、雇用保険も、医療・介護・年金保険も円滑に機能していますが、一方でこのような社会的ネットから脱落してしまうことが多い低所得の単親家庭などへの福祉施策の強化が必要です。このことに注意しながら日本の社会保障制度について改めて考えてみると「制度が体系的に整備されていることで比較的安定した社会が維持されている」のではないでしょうか。

◎社会保障制度は社会の安定を支える重要な基盤的仕組みだ

ドイツや日本は、社会保険方式を活用した社会保障制度体系を整備している国です。制度のほとんどを租税で運営している国も少なくありません。どうして違いがあるのかといえば、それは歴史的社会的な差なのだとしか説明しようがありません。今回パンデミックでは、各国の社会保障制度が混乱に対して有効に機能しているのかどうかということや、社会的混乱に対して社会保障制度が一定の役割を果たしているかどうかが問われているように思えてなりません。インドで感染爆発が起き、ミャンマーで国軍が発砲し続けているという痛ましいニュースに対して、その国の社会保障制度が社会の安定にどの程度寄与しているのかが気になって仕方がありません。

なぜ、社会保障が発展したのかを調べていくと「貧者の安定は富者の安全である」という考え方が通底していることが理解できます。貧者が毎日の糧を得られなくなり、富者が「パンがなければお菓子を食べればいい」などと勝手なこといっていると、ギロチンにかけられるかも知れません。貧者の怒りが社会革命につながり体制転覆が起きることは歴史が証明しています。その対応策が社会保障であったことは事実です。

◎経済大国でも社会的安定を確保するのは困難なことだ

1年前からのアメリカ社会の混乱と分断を正確に理解することは、かない難しいことだと思います。ただ、社会保障制度については、膨大な医療保険未加入者の存在、過去数十年にわたる公的および私的年金財政の悪化、貧困対策費用の増加といった制度全般にわたる問題が指摘されてきました。大企業の労働組合や、高齢者・障碍者向け保険制度のメディケア、医療扶助のメディケイドは機能していますが、皆保険皆年金制度ではありません。

不法移民や有色人種の貧困者には、政府からフードクーポンが配られ、民間ボランティア活動も盛んですが、社会保障制度としては欠陥が目立ちます。世界で一番豊かな国の社会的不安定と分断は、結局、富の配分と再配分が適切に行われていないからだとしか考えられません。社会保障制度は、所得の再配分システムでもありますので、制度が未成熟である限り、危機を招きやすいのではないかと思います。

経済発展すれば貧困者は少なくなり、幸福な生活が可能だといえなくもありませんが、経済大国になっても貧困や社会的格差は解消されず、経済成長しても専制主義国家では基本的人権が確保されない恐れもあります。やはり、社会保障制度による所得再配分効果が機能しないと、社会的公平を確保することは難しいことなのではないかと思えてなりません。

世界は輝かしい未来に向かっていると確信できないでいる今、再度「貧者の安定は富者の安全である」という原理をかみしめてみる必要があるのではないでしょうか。

社会医療ニュースVol.47 No.550 2021年5月15日