世界は多様性を嫌うトランプ劇場に困惑しているが迎合しないで欲しい
旧正月の春節騒ぎが終わってみれば、米中対立とAIの行先が世界を変革する時代になってしまったように思います。
1月20日のドナルド・トランプ大統領の就任により、不法移民の国外退去、関税強化によるMAGA(偉大な米国復活)政策、反LGBT、脱WHO(世界保健機構)、自由主義陣営各国に対する軍事予算の増額要請、2010年のオバマケア(正式名称:患者保護並びに医療費負担適正化法)の廃止などが現実になろうとしているのです。
過去にもトランプ大統領と中国の関係は微妙で、中国の技術進歩やAI技術に対して警戒感を強調し「アメリカ最大の脅威」と対決姿勢を鮮明にする一方で、習近平主席と会談によって貿易問題の解決を模索する姿勢を強調したりしてきました。
関税を武器にやり取りを強要する姿勢は核保有国の恫喝以外の何物でもありませんが、中国とのAI開発競争では一方的な米国の勝利というシナリオを描くことは困難になりつつあります。ただし、彼の実行力を米国民の過半数が支持しており、OECD参加各国の3分の1程度の人々は彼を評価しているかもしれないという現実を、わたしたちは拒否することはできないのです。
大統領就任後直ちに着手したのがダイバーシティ(Diversity多様性)、エクイティ(Equity公平性)、インクルージョン(Inclusion包摂性)を重視し、賛同する連邦職員に対する反DEI政策の徹底指示です。
ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンを推進するためのDEI政策は、
①社会全体がより多様で包摂的な環境になり、様々なバックグラウンドや価値観を持つ人々が互いに理解し合い、共存する社会の実現
②すべての人々が公平な機会を得られることにより、社会全体の格差が縮小し、経済的・社会的な不平等が改善されることが期待できる。
③多様な人材が活躍できる社会では、創造性とイノベーションが促進され、経済の成長が期待でき、新しい風を吹き込むことにより競争力の向上が期待できる。
④包摂的な社会では、人々が互いに尊重し合い、協力し合うことで、社会の結束力が強化され、社会的な不満や対立が減少し、安定した社会が実現する。
とわたしは理解してきました。
◎反DEI政策の急展開は反社会保障政策になる
多様性、公平性、包摂性を重視するDEI政策は、これまで世界の潮流であると考えられてきました。これに対して反DEI政策とは、DEI政策自体が逆差別を引き起こす可能性があり、マイノリティーや社会生活上何らかの障害がある特定のグループに特権を与えることが、他のグループに対する逆差別になるという主張なのです。
その陰には逆差別(たとえば自分たちの職が奪われるかもしれないという不安)を受けていると感じている白人労働者を含めた低所得未熟練労働者やエッセンシャルワーカーからの支持もあります。
もちろんDEI政策が推進されれば企業や組織にとってコストがかかるので、一部の経営者や財界人は、これらの取り組みが経済的に負担になると考えているのでしょう。根本的には文化や宗教などの違いから、これまでの歴代民主党政権が進めてきたDEI政策に対する反発が生まれ、自分たちの価値観や信念に対してDEI政策が脅威となると感じるようになった人々が米国で増加したのでしょう。
落ち着いて考えましょう。戦後80年間、紆余曲折はあったものの日本では生活保護、医療、年金、雇用、労働災害、介護、社会福祉そして子ども政策や公衆衛生行政を確立してきました。これまでにヒューマニズムを基底とした平和と社会連帯への合意が形成されてきたのではないでしょうか。
その過程では公平性はともかく多様性や包摂性が強調されることは少なかったのかもしれませんが、多様性や包摂性を否定あるいは拒否することはありませんでした。
そのための財源は利用者の一部負担と社会保険料そして租税です。これらの負担は、家計を圧迫していますが、だからといって制度自体を廃止してしまえばよいという乱暴な議論はめったに展開されません。制度に対する不満がないわけではありませんが、負担と給付を調整しながら60点以上の評価を選挙民から受けてきたのではないかと思います。
実際に、医療保険や介護保険制度を廃止しろと主張している政党はありませんし、医療や介護、保育や子育て支援の担い手不足に関して高い関心が寄せられているのが現状だと思います。
◎反DEI政策を掲げる保健福祉部門長官誕生
トランプ政権の厚生部門のトップはロバート・ケネディ・ジュニア長官で、反ワクチン、水道水へのフッ素添加の全面的な除去、学校給食から加工食品の排除や食品着色料の使用制限などの政策が必要だとする一方、オバマケアの廃止に賛同しています。
オバマケア導入以前には全米で4400万人の医療保険未加入者に対して「50人以上の事業所の従業員への加入促進制度の導入」により、制度開始以降3年間で新たに3100万人が医療保険に加入したことを考えると、直ちにオバマケアの廃止という政策はあまりに乱暴だとしか考えられません。
改めてこのように考えてみると、反DEI政策の急展開は反社会保障政策になる危険があるということになりますので、多様性を嫌うトランプ劇場に迎合しないで欲しいのです。
社会医療ニュースVol.48 No.559 2022年2月15日